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2011/10/15

我が町・我が家のこと(1)

 昨夕辺りから、久々の雨。
 一週間以上、晴天が続いただけに、人間にとってもだが、植物(他の生物)にとって、待望の雨なのかもしれない。
 ただ、夜に入って、突風を伴う強風が吹き荒れてきた。
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← 「杜鵑草 (ほととぎす)」の花が今秋も咲いてくれている

 ちょうどそんな時に、仕事で神通川沿いの土手を走っていて、強風に煽られて、車線をはみ出しそうで、ハンドルを持つ手につい、力が入ってしまった。

 特に対向車と擦れ違うとき、一番、緊張感が高まる。

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2011/10/14

ドクダミの野がコスモス畑に(後編)

 後始末に困ったヒマワリ。
 挙句、そのドクダミの野にすっかり変色したヒマワリの花(種付き!)や幹そのまま、放置してしまった。

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→ 数年前までは、田圃だったのだが、こうなったら、コスモスとヒマワリの野にするしかない。台風の余波の強風などで、八月末に大半が根こそぎやられたにも関わらず、しぶとく生き延びてくれた。一瞬だが、雑草の蔓延る我が家の庭にも植えるかとも考えたが、他の植物を圧倒しそうなので、自制する。外来植物なのだし

 そのヒマワリの残骸は、翌年は、そのままだった。
 翌年、つまり、昨年は、父母らのことで手一杯で、庭も畑も、世話など論外だった。

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2011/10/13

ドクダミの野がコスモス畑に(前編)

 我が家の庭先にある、借地である畑。
 ほとんど全く、手をつけてこなかったので、荒地になっていて、数年前からはドクダミの野に成り果てていた。
 何年か前までは、父(母)が世話する…はずだったのだが、とうとう手を加える前に父は畑からも庭からも手を引いてしまった。

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→ 悪戦苦闘(?)の果てに育ってきたコスモス、今が盛り。

 3年余り前に帰郷した小生がせめて、多少なりとも世話すればよかったのだが、そもそも、その土地の性格が理解できていなかった。

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2011/10/12

『宇宙は本当にひとつなのか』の周辺(後編)

 そもそも、わたしの世界の空高くには、夜には月や星があり、昼には太陽がある。
 昼間の空の世界には雲があり、雨が降り、風が吹く。
 風は一体、何処から吹いてくるのだ?

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← リサ・ランドール著『ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く』(向山信治/監訳 塩原通緒/訳、日本放送出版協会) 刊行された4年前には、ほとんどSF小説を読むような感覚で読んでいたが、今や、この飛んでる宇宙理論が現実味を帯び始めてきた。村山斉著の『宇宙は本当にひとつなのか』の中でも、暗黒物質を説明する有力な理論(候補)の一つとして言及されている。(

 谷間の向こうから?
 山の彼方から?
 海の向こうから?
 それとも、姿を見せない闇の支配者の気まぐれな吐息?

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2011/10/11

『宇宙は本当にひとつなのか』の周辺(前編)

「宇宙」は、コスモスなのかカオスなのか。
 時代と共に、あるいはその人(々)の人生観の変貌に連れて、変化する。

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→ 我が家の庭には、今、咲いている花は少ない。これは庭の野草! 

 秩序を希(こいねが)うのが人類の性(さが)なのか、秩序だって居ないと生きることが余りに困難だからか、カオスの様相を呈する困難な状況にあっても人は、秩序や規則性や、あるいはさらに、どうやっても人の理解を超える闇の世界(としか思えない中)にあっては、天の意思(意図)めいたものを見出そうとしてきた。

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2011/10/10

梅原猛著『葬られた王朝』を読んで(後編)

 それはそれとして、本書において、梅原猛は、過去の自説を間違いだったと率直に書かれている

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→ 梅原 猛著『神々の流竄』(集英社文庫) 「大和から出雲へ神々は流され、幽閉された!“出雲・神々の故郷説”に疑問の矢を投じ、その裏に秘められた古代の権力と宗教との壮絶な争いをとらえ、鋭い推理で歴史の真理に迫る」といった本。後に、本書での主張の一部を撤回・訂正することになる。

 梅原猛は、同氏著の『神々の流竄』において、「出雲神話は大和神話を出雲に仮託したもの」と主張していたのである。
「出雲」という国や勢力が実在したわけではない」とも。

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2011/10/09

梅原猛著『葬られた王朝』を読んで(前編)

 梅原猛著の『葬られた王朝』(新潮社)を読了した。
 小生は、三十代の半ば頃から、宇宙論と同時に、なぜか古代史や考古学に関心を抱くようになった。
 それも、主に日本の古代史関連。

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→ 「遮光器土偶・亀ヶ岡遺跡出土」 (画像は、「土偶 - Wikipedia」より) 「最古のビーナス像発見のニュースに関連して」を参照するもよし。

 子供の頃や若い頃は、エジプトのピラミッドやインカ帝国など、世界の考古学や有史以前の話題に興味津々だったものだ。
 今も、そういった世界の歴史には関心が薄らいだわけではないが、やはり、関心の焦点は日本に向かっている。

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