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2011/10/08

「葬式仏教の誕生」をめぐって(後編)

 ちなみに、若い頃、父は小生に出家すればと示唆したことがあった。
 実際、近い親族に出家した人がいる。

 さて、本書を読んで、やはり、印象的だったのは、「葬式仏教」の誕生した歴史的経緯である。

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 日本への仏教伝来以来、奈良などの仏教は、「国家加護という至上命題があった」。
「当時の僧侶は、鎮護国家の祈祷のために国に雇われた官僚だった」わけである。
 そうした「官僧たちは、いわば官僚的な存在であって、清浄であることを求められ、死穢などの穢れを忌避していた。それゆえ、死穢を不可避とする葬式に関与した場合、一定期間は鎮護国家の法会に参加できず、神事に関わるのを憚らざるを得ないなど種々の制約があった」のである。

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2011/10/07

「葬式仏教の誕生」をめぐって(前編)

 帰郷して、自身の生活で変化したことは多々ある。
 父母が亡くなったことで、家の当主(世帯主)になったこと、当然ながら、家の内外のことに自ら関わる必要に迫られている。
 葬儀も喪主としての役目を果たすことになったことは昨年の日記にも書いた。

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← 松尾 剛次【著】『葬式仏教の誕生』(副題:「中世の仏教革命」 平凡社新書) 日本では中世まで、亡くなった人は、河原や浜、道路わきの溝などに捨てられていた。死は穢れとして、忌み避けられていたからだ。そんななか、人々が弔いを託したのが仏教である。葬式と、墓石を建てる習俗の起源を探りながら、日本人が仏教に求めたことと、仏教が果たした意義を探る」といった本。

 極力、最小限の関わりに止めているが、町内会のことにも、多少なりとも関心を抱かざるを得ない。

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2011/10/06

桃山時代の能

 金曜日の未明だったかNHKのラジオ(第一放送)で、桃山時代の能の復元ということでどなたかが(名前は失念した)アナウンサーの問いに答える形で語っておられた。
 小生は能を舞台で見たことはない。せいぜいテレビで断片的に垣間見ただけだ。

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← 過日、所用があって富山市の中心部にあるデパートへ。というより、デパートの中にある書店へ。その帰り、買い物もあったので、遠回りして川見物。市内の随所で曼珠沙華(彼岸花)を見ることができる。「曼珠沙華」は、「天上の花」の意。

 曼珠沙華天の恵みの地に満てる    (や)

 あとは、時代劇の中で武士たちが能舞台を見る場面などは幾度となく見る機会はあった。特に織田信長などは(彼に限らないが)自ら能を舞ったようだし、一つのエピソードとして「絵」になることもあってか、しばしば信長が舞う場面は撮られてきた。有能だが無骨な半面、幽玄なる能に興じる信長像というわけである。

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2011/10/05

北アルプス立山で人が感じない地震相次ぐ!

 昨夜、ラジオ(NHK第一)で気になるニュースを聞きかじった。
「東日本大震災の後、北アルプスの富山県と長野県の県境一帯を震源とする、 人が揺れをほとんど感じない地震が断続的に発生」という趣旨のものだったよう。
 だが、仕事中だったし、ラジオ放送を運転の傍ら聞いていただけなので、詳細が分からない。

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→ 鳳仙花、だろうか。この春、鳳仙花の種を畑に蒔いたが、咲いたのは一輪だけ。秋口になって、それも畑の畝(うね)を外れた隅っこにポツンと一輪、咲き始めた。花の咲く前、雑草と間違えて慌てて毟ったりしなくてよかった。

 今朝の地元(富山)のテレビ(ニュース)を見続けていたが、関連の報道は一切ない。
 テレビで敢えて放送しないってことは、まだ、重要度(緊急性)が低いからなのか、他に伝えるべきニュースが多いからなのか。

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2011/10/04

児童画のこと(後編)

 町中で見かけた児童画を見て驚いたというか、感動したことがある。
(返す返すも、その(小生の目を惹きつけて止まなかった絵を撮影しなかったことが悔やまれる。)

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← 裏庭の片隅にひっそりと置かれている大きな甕。今はもう、小さな蓮池となっている。春には花も一輪、咲いたけど、今は葉っぱだけが水面に漂っている。

 当該の文章の行方は分からなくなったので、関連する一文(の一部)を転記しておく:

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2011/10/03

児童画のこと(前編)

 子供の頃は、誰でも、あるいは多くの方は悪戯に、気侭に絵を描いていた。絵だとは思わず、衝動で、与えられた、あるいはそこらに転がっている鉛筆や色鉛筆、筆、その他で新聞紙や広告、壁などに落書きしていたのではなかろうか。

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→ 庭を見て回っていたら、裏庭の藪同然となっている一角に、それこそ密生する枝や葉っぱの陰に隠れるようにして、何かの実が生っているのを発見。一体、正体は何? そういえば、昨年は全く生らなかったミカンだが、今日、実が一個、生っているのに気づいた。まだ濃い緑色。今年は少しは収穫が期待できる?

 さて、その児童画だが、本書(谷川晃一著『絵はだれでも描ける』)にもあるように、小学校などで美術のイロハを習ったり、そうでなくても、長じるにつれて社会常識を学ぶに従い、児童の頃の自由奔放な絵の面影は消滅していき、型通りの、常識に囚われた、技術や様式の習得度などで点数の計られるような類いの絵に変貌していく。

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2011/10/02

真冬の夜の月

 仕事柄の賜物というべきか、夜の空とたっぷり付き合えるのが嬉しい。古来より美しいものとして和歌にも歌われてきた雪月花。その三つを味わえるのが1月の中旬頃から今ごろなのではなかろうか。

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← 画像は、「月の魔力?」より。

 月は別に満月である必要はない。が、満月の凄みは格別なものがある。まして、冬の月となると、何か徒事ではないような気分にさせてしまう。一月の満月は月初めの頃で(八日だったと思う)、まだ、その頃は梅も蕾だったはずである。

 というより、公園の脇で休憩していても、梅の木の傍にいることさえも全く気付いていなかった。

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