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2011/09/10

ソーラーえらいことをした(後編)

 あるいは、太陽熱温水器って手もある。
 太陽光(熱)で、浴槽の水を(あるいは貯水槽の水を)直接、温めるって方法を利用されている方も少なからずいるに違いない。

Solar_cell

← 「単結晶シリコン型太陽電池」 (画像は、「太陽電池 - Wikipedia」より) ソーラー発電などの情報をネットで物色していたら、「ついに始まった太陽光発電のテレビ通販!価格破壊の秘密はパッケージ化と大量生産」なんてニュースを発見。熱効率がドンドン高まり、且つ、値段もドンドン下がっていく。

 早い話が、地球は、地熱などを除くと、再生可能エネルギーの相当部分が太陽のエネルギーを淵源としているわけである。
 風力も水力も、海流(波力・潮汐)も、太陽の光りの恵みである。

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2011/09/09

ソーラーえらいことをした(前編)

 いつだったか、自宅でテレビを見ながら寛いでいたら、突然、電話がかかってきた。
 我が家の電話には、掛けてきた先方の番号を表示する機能がない(液晶画面がない)。
 なので、取ってみないと、相手が誰か、分からない。
 イタズラだったり、何かの営業の売り込みだったりすると、即、切る。

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← 「黒部ダム」 「ダムの高さ(堤高)は186mで日本一」。「黒四ダム」の愛称で親しまれているが、「工事期間中の転落やトラック・トロッコなどによる交通事故等による殉職者は171人」であることは、あまり知られていない。富山には北陸電力があるが、このダムは、関西電力が作った。送電先も、関西だとか。水力発電は、「実用化されている唯一の再生可能エネルギーとも言える」。日本では、巨大ダムの開発は限界に達し、小水力発電に脚光が当たっているようだが、「世界的に見ると、特に開発途上国において大量の未開発水力地点があるといわれ、この未開発水力の合計は年間発電量として17兆キロワット時であり、世界の全電力消費量が12兆キロワット時程度であることを考えると、莫大な資源量である」とか。 (画像は、「黒部ダム - Wikipedia」より) 

 そのときの電話は、「太陽光パネルのモニターが何とか」と言っていた(ような気がする)。
 売り込みの類は、即座に切るという習性が身についていて、話の中身を聞かないままに、「うちはそういうの、興味ありませんので」と、あっさり、切ってしまった。

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2011/09/08

古き良き…ワーグマンの絵(後編)

 昨年、父母が亡くなった際、大よそのことが片付いて一段落付いたとき、押入れなどを整理して、かなり古くからの品物が詰め込まれていることに気づいた。
 多少は使ったのだろうが、多くは、未使用(未開封)のまま、もらったその都度、押入れに詰め込んでいったのだろう。

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→ 八尾おわら風の盆の会場(舞台)となるメインの通りなどをドライブ。仕事で、八尾の土地勘を持つ必要があったから。今年もとうとう、この祭りを見逃してしまった。

 箱は古いが、中身は、未開封なので、綺麗。
 敷きタオルケットや毛布、タオルなどは重宝するので、一部は既に使い始めたが、他にも十箱ほど残っている。
 押入れの肥やしになっても仕方ないので、提供したほうが役に立つはず。


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2011/09/07

古き良き…ワーグマンの絵(前編)

 明後日は、父の月命日。
 なので、仏花を手向けたりして、明後日のための準備。

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← チャールズ・ワーグマン画「海岸風景」(栃木県立美術館蔵) (画像は、「特別展「チャールズ・ワーグマン来日150周年記念 ワーグマンが見た海-洋の東西を結んだ画家-」|神奈川観光情報サイト「観光かながわNow」」より) 展覧会は本年7月に終わっている。展覧会の内容については、「チャールズ・ワーグマン来日150周年記念 ワーグマンが見た海-洋の東西を結んだ画家-」を参照。

 花を買った帰り、総菜屋さんへ。
 オカズをあれこれ買い求める。
 明日は仕事なので、朝食のオカズを仕入れたわけである。

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2011/09/06

『リムーヴァルズ 先住民と十九世紀アメリカ作家たち』を読む(後編)

移民との衝突
インディアンはヨーロッパの風土病に対する免疫を持たなかったため、ヨーロッパ人と初めて接触したインディアンはしばしば容易にヨーロッパからの伝染病に感染し、斃(たお)れた。インディアンの人口は激減し、インディアン社会は深刻な打撃を被った。また、初めて見る馬や兵器によって、インディアンはパニックに陥り、たった十数人のスペイン騎士に対して何千人ものインディアンが敗走するという事態も招き、こうした闘争によって土地を奪われていった。17世紀の前半から18世紀末までの長い闘争の歴史を一括りにして、インディアン戦争と呼ぶ

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→ 「エルヴィス・アーロン・プレスリー (Elvis Aron Presley)」 (画像は、「エルヴィス・プレスリー - Wikipedia」より) エルヴィス・プレスリーは、「チェロキー、ウェールズ、イングランド、スコットランド、オランダ、フランス、アイルランド、ドイツ、ユダヤなどの混血」。歌う魂の奥の深さ、広さ。

レナペ族とフィラデルフィア、ワンパノアグ族とプリマス植民地、コンコードのように、入植者とインディアンが和平を結んで短期間共存した例もあるが、入植者の人数が増え、新たな入植地の需要が増すと共に破綻している

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2011/09/05

『リムーヴァルズ 先住民と十九世紀アメリカ作家たち』を読む(前編)

 ルーシー・マドックス著の『リムーヴァルズ 先住民と十九世紀アメリカ作家たち』(丹羽 隆昭 (監訳) 開文社出版)を昨日から読み始めた。
 畏怖すべき作家・メルヴィルが大きく採り上げられていることもあり、インディアンの問題にも関心があって、再読を決めた。

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← ルーシー・マドックス (著)『リムーヴァルズ 先住民と十九世紀アメリカ作家たち』(丹羽 隆昭 (監訳) 開文社出版) 「19世紀前半の連邦政府による先住民族の「強制移住政策(リムーヴァルズ)」は、当時のアメリカ作家たちに深く影を落とした。ホーソーン、ソローらのテキストを論争当時のコンテクストに据えて再読する」といった本。 (画像は、「アメリカ・インディアン」については、ネット上で一番詳しいサイト「神を待ちのぞむ」、その中の「 「リムーヴァルズ 先住民と十九世紀アメリカ作家たち」ルーシー・マドックス著 丹波隆昭 監訳 開文社出版」より)

 1998年に刊行、入手し読んだ本。帰郷して、ようやく再読の機会に恵まれた。アメリカという国の成り立ちの恥部。
 アメリカの<民主主義>の成り立ちにインディアンの入る余地はなかった。
<リムーヴァルズ>とは、アメリカにおけるインディアン強制移住政策のこと。

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2011/09/04

中島敦から土方久功へ(後編)

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→ 土方久功「クロトンの娘」1972年、世田谷美術館蔵 (画像は、「委任統治領ミクロネシアを訪れた美術家の作品展-国際版画美術館 - 町田経済新聞」より)

 中島敦との関係で、土方久功の来歴を見ると:

1929年(昭和4年)、パラオに渡り、公学校(現地住民の初等教育学校)の図工教員として彫刻を教える傍ら、パラオ諸島の各島、ヤップ島を詳細に調査する。1931年(昭和6年)、ヤップ諸島の最東端・サテワヌ島(現在のサタワル島)に渡り、7年間を同島で過ごす。1939年(昭和14年)、パラオに戻り、コロールにおかれた南洋庁に勤務する。トラック諸島(現在のチューク諸島)、ポナペ島(現在のポンペイ島)、クサイ島(現在のコスラエ島)、ヤルート(現在のジャルート環礁)、サイパン島、ロタ島を引き続き調査する。1942年(昭和17年)、小説家の中島敦とともに帰国した。同年、ボルネオ調査団に参加し、同年から日本が統治した北ボルネオを調査した。

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