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2011/08/20

誰か居る!(後編)

 用心のためでもないが、オレは木刀を家に置いている。
 その木刀は、生憎、隣の書斎の片隅に立てかけてある。

 使わないままに、埃を被っているその木刀は、大学に入学して間もない頃に入手したもので、学生時代どころか、その後、上京してからのフリーター時代、サラリーマン時代、タクシードライバー時代、さらには富山へ帰郷した今に至るまで、ずっと身近にあったものだ。

 オレは、部活には加わらなかったものの、剣道が好きだった。
 一時は真剣を買おうと、鎌倉のある刀剣の店を冷やかしたこともある。
 
 さすがに白刃の刀を買うことはしなかったものの、木刀だけは買った。
 上京した際、荷物のほかに木刀を持って皇居の周りを散歩したら、さすがにおまわりさんに誰何されたものである。

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2011/08/19

誰か居る!(前編)

 ふと、目覚めた。
 脇の置時計を見ると、二時前である。
 真夜中過ぎ。

 ゴトッ!
 何だ?
 そうか、この物音で目覚めたのだ。
 
 昨夜来の雨が今も降り続いている。
 雷鳴の響きこそ聞こえないものの、雨の降り方は半端じゃない。
 猛烈な雨音、近くの小屋のトタン屋根を叩く音、木の葉を叩きつけ落としてしまおうという勢いの雨の音に目覚めた…、そう思いたかった。

 しかし、間もなくまた正体不明の音が聞こえた。

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2011/08/18

白夢

 白い夢を見る。
 夜毎に、白昼に。

 とぐろを巻く夢。
 原初の叫び。叫喚。阿鼻。

 悪夢?
 違う!
 空白。からっぽ。何もない。何も感じない。
 麻痺している?
 裂けてしまっている。
 食い違って、もう、つじつまが合わない。


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2011/08/17

秋茄子と言えば(後編)

 ただし、それでも、最後の最後まで、口に出来ないものが一つだけ残った。それは松茸とか椎茸の類いである。
 これだけは食わず嫌いではなく、何度トライしても口に出来ない。無理して口に入れると吐き気がする。
 というか、吐いてしまったこともある。

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← 「毎年8月1日に行われるこの納涼花火大会は、富山大空襲で犠牲になった人達の鎮魂と永遠の平和を願うため、終戦直後の昭和22年より行われてい」る。そう、ただのイベントではなく、鎮魂の催しでもある。 「音と光のページェント:納涼花火大会へ!」や、特に「富山大空襲と母のこと」や「花火大会と空襲の間に佇む」など参照のこと。

 何かの虫を喉にしているようで、どうにも我慢がならない。
 八宝菜の時は、冗談じゃなく死ぬ思いだったのだ。他の具は嫌いだけれど噛まない限りは口に入れることもできるし、御飯で丸めて喉を潜らすこともできる。が、椎茸、松茸だけはどうにも。

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2011/08/16

秋茄子と言えば(前編)

 秋茄子と言うと、秋茄子は嫁に食わすなという昔からの言い伝えというか、諺がある。
 意味合いは、一頃は、「秋茄子はとっても美味しいので嫁には食べさせるのはもったいない」とか、「秋茄子は種が無いので嫁に子供が出来ない事を気遣う」などという意味なのだと、言い習わされたりもしたものだ。

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→ 東日本大震災を受け、一時は中止の憂き目に遭うと言われていた、富山市の花火大会が、何とか予定通り、8月1日(月)の夕方から夜にかけて、幸いにも開催された。正式名称は、「第65回北日本新聞納涼花火(富山会場)」。

 クイズなどによく採り上げられ、今では、「ナスは、体を冷やすので食べ過ぎるのは体に良くない」ので特に嫁には食べさせないほうがいいのだという思いやり乃至は知恵の含まれた諺だと理解されてきている(この俗説や説明が妥当なものかどうかの確認は未だ行っていない。嫁に対する姑の意地悪だという説があるのは、言うまでもないだろうし)。

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2011/08/15

セミ時雨の夏、おしょらいの夏(後編)

 日本の道を歩いてみると、何処にでも、というと大げさになるが、それでも至る所に、お地蔵さんが道端にあることに気づく。

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← ゴーヤなどによる緑のカーテン。ゴーヤは、連日、収穫。今日も近所に三つ、ナスも併せ、おすそ分けし、小生自身、二つの実を使って、ゴーヤチャンプルー。とうとう、今週は、週に三回、ゴーヤ料理と相成った。

 しかも、大概のお地蔵さんには、赤い涎掛けが掛けてあったり、その前にお供えか花が供えられてあったり、いずれにしても、風雨に晒されっぱなしというお地蔵さんという光景は少ない。
 大概は、お地蔵さんは小さな小屋に収まっていたりする。

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2011/08/14

セミ時雨の夏、おしょらいの夏(前編)

 13日の土曜日は営業で富山市の市街地を中心に走り回っていた。
 土曜日だし、その上、お盆なのに、やや人の出が多い。

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→ 庭先の畑のコスモスたちも、一斉に開花。
 
 そうではなくて、お盆だから人が多くなっているのだ。
 富山は、お盆ともなると、日ごろは東京などへ出ている人が一時的に帰省している、だから、普段より人が多くなるわけである。

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