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2011/08/13

夏と言えば幽霊(ゾクゾク編)

 そう、俗説では、人魂というのは、人の遺骸が土中で腐り、雨が降り、人体の中にあった燐が溶け出し、やがて土の表面に近付いた燐が、何かの拍子に暖められて燃え出すのだと、説明されている。
 この説は正しいのだろうか。だれか実験したのだろうか。そうはいっても、今更、人の遺骸を埋めて腐らせるわけにはいかないって。

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← 鳥山石燕『画図百鬼夜行』より「狐火」 (画像は、「狐火 - Wikipedia」より)

 そんなことは、ないはずである。やる気があれば、何事もできるはずである。
 そもそも、何も人の屍骸に拘る必要などない。愛するペットちゃんが死んだら、火葬(荼毘)に付すのだろうか。
 そういう奇特な方もいるのだろうが、土中に埋める形で埋葬に代える人も多いはずだ。

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2011/08/12

夏と言えば幽霊(ゾク編)

 この頃は、あまり流行らないというのか、耳にしなくなった事象に人魂がある。噂によると、夜、人魂を見ると、人妻に会うというのだが、これはどうやら、夜陰に紛れた人妻を人魂と勘違いしたものと推測される。言うまでもないが、人魂と人妻は歴然と違う事象なのである。

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→ 鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より「人魂」 (画像は、「人魂 - Wikipedia」より)

 さて、最近はあまり人魂を巡る話題は耳にしなくなったような気がする。というより、そもそも怪談話自体が人気がない。あっても学校のトイレの怪談など、何か乾いていて、江戸時代以来の幽霊モノと比べると味わいも人情も薄れている。

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2011/08/11

夏と言えば幽霊(後編)

 さて、ようやく、本題に入る。

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← 丸山応挙『幽霊画』(バークレー美術館蔵) (画像は、「第126話落語「応挙の幽霊」の舞台を歩く」(ホームページ:「落語の舞台を歩く」)から)

 幽霊と霊魂とは同じモノなのだろうか。それとも、全く別範疇の存在なのだろうか。いや、そもそも幽霊が何か分からないし、また、霊魂だって分からない。(大体、本来、両者共に存在しているかどうかさえ覚束ないのは問わないとして)分からないモノ同士を突き合わせて、同じか違うか、重なる部分があるか、なんて議論をやっても、論議の脱毛な…、じゃない、不毛な袋小路に迷い込むのは目に見えている。

 ぶっちゃけた話、幽霊には魂があるのだろうか(その魂って何という愚かしい質問はしないこと)。小生の個人的な見解からすると、幽霊には魂がないのだと思っている。魂があったら、つまり、肉体から綺麗に分離され、空中か冥界に漂っていられるなら、何もこの世とあの世の境で漂い惑う必要もなかったわけである。

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2011/08/10

夏と言えば幽霊(前編)

 日本では足のない幽霊像がイメージとして定着している。その場合の幽霊というのは、大概がうら若き女性であり、痩せているのが普通。丸々と肥え太った、いかにも女将さんという福相の幽霊さんというのは、いるのかどうか分からないが、見たという話はあまり聞かない。

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→ 鰭崎英朋 『蚊帳の前の幽霊』(明治39年 絹本着色) (画像は、「「夢幻の美“鏡花本の世界”~泉鏡花と三人の画家」:カイエ」より。「鰭崎英朋…今こそ大正ロマン!」参照)

 あるいは、実際にはそうした幽霊さんにも遭遇しているのだが、見ているほうが、相手が幽霊だとは気が付かないままに、通り過ぎてしまっているのかもしれない。
 だとしたら、無視された幽霊さんは、きっと、誰にも気付かれないあたしって、何、幽冥の境でも存在感がないの…って、世を儚んでいるに違いない。

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2011/08/09

ヒロシマ ナガサキ フクシマ(後編)

 小生は、フクシマ原発事故から三ヶ月後の6月11日、「原発は引き伸ばされた原爆」と題した記事を書いている。
 少なくとも日本は、原子力発電所から最終的に出てくる放射能汚染物質の処理技術も能力(使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物の処理問題)も未だに有していない。

 要は当面は、クリーンであるかのようなエネルギーを取り出すだけのように見えて、その実、放射能汚染物質を生み出し続けている、溜め続けている、そうして排出された汚染物質の処理が不透明なだけでなく、岩盤に封入するにしても、自然の破壊、自然界に棲息する生き物への脅威に他ならないのである。

 原発は、特に日本においては、クリーンどころか、ダーティのきわみなのだ。

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2011/08/08

ヒロシマ ナガサキ フクシマ(前編)

レベル7という最悪の事故を起こした福島第1原発による大量の放射能放出によって国内ではかつてない規模の被曝が続いている」。

 核汚染の脅威、実際の被害体験のある地域は、世界を見渡せば、ロシア(チェルノブイリ)やアメリカ(スリーマイル島)、ビキニなど、ないことはないが、二度の原爆の悲劇を体験したにも関わらず、アメリカや政府の洗脳政策に呑み込まれ、幾つかの原子力施設での事故を経て、ついに、福島第1原発による大量の放射能放出、汚染を体験し、また、体験しつつある国は、日本だけである。

 それなのに、産業界は未だに、福島第1原発の事件は他人事なのか、原子力に依存する政策を続けようと目論んでいる。

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2011/08/07

8月5日は「タクシーの日」でした

 8月5日は「タクシーの日」であった。
 なんて言っても、世の中の大半の方には、ちょっと、へえー、そうでしたか、でも、それがどうしたの、くらいのものだろう。

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← 謎の画像の正体は、「ここ」にて明かされる。

タクシーの日|東京のタクシー 東旅協[社団法人 東京乗用旅客自動車協会]」によると、「わが国で最初にタクシーが誕生したのは大正元年8月5日、麹町区有楽町の元数寄屋橋際(現在の有楽町マリオンの地点)に設立されたタクシー自動車株式会社で」、「まずフォード6台でスタートし、上野と新橋に営業所ができ」たとのこと。
 最初はフォードの車だったってのが、時代を表しているような。
 
 実を言うと(やや大げさ?)、来年はタクシーが日本で稼動し始めて百年目となるわけである。
 だから、何? と言われると苦しいが。

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