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2011/12/15

家の中を風が吹き過ぎる

 オレは、オレに残された唯一の夢を追うことにした。
 その夢とは樹海に眠ることだ。

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→ 我が家は風通しがいい。じゃなくて、隙間風が凄い。なので、まず、玄関ホールに襖(ふすま)を設置。玄関からの風をシャットアウト!

 十年来、寝付けない夜になると、必ずと言っていいほどに樹海で憩うオレの姿があった。そこは獣さえもが彷徨することのない樹海だった。獣どもまでもが方向感を失って、道に迷い、ついには屍となってしまう。そこにいる動物は、まさに微生物だけであって、あとは、僅かに生きることを許されているコケ類、目立つのはツガ・ヒノキなどの針葉樹くらいのものか。

 何もない。それがオレの口癖となっていた。何にも感動しない人間。誰にも関心を持てないし、誰からも関心を抱かれることのない、存在感の欠如した奴。心の空漠を埋めるものは、何もない。最初は避けているんだ、避けるんだと思っていた女さえも、気が付いたら、縁の遠い存在になっていた。つまり、今生、出会う見込みなどありえない存在となっていたのだ。
 つまり、オレが影を失ってしまったのだ。そこにいるのに、誰にも気付かれない、名前さえ呼びかけられる機会を失ってしまった奴。

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← 風をシャットアウト!のはずだった。ところが、玄関から見て左側は、座敷の敷居や桟が邪魔をして、襖を閉じきることができない。

 オレは、いつものように透明なパイプを想ってしまう。オレは、透明な膜に包まれたままなのだ。誰とも接触することが出来ない。オレは、この世とさえ、絡むことが出来ない。オレはこの世を通過していく。汚れることもなく、傷つくこともなく、擦れ合って削られることも削ることもなく。

 オレは、自分の情の根を探した。激情の滾りを一度でいいから味わいたいと思った。でも、全ては壁の向こうの話だった。分厚いコンクリートの壁の向こうに人生がある。オレの人生さえもが他人の顔をしていた。知らん顔を決め込んでいた。オレの世界は、何処までも縮小していくバブルだった。弾けて飛ぶのではなく、弾けても、ひたすら小さく小さく萎えていくだけなのだった。

 オレはオレの人生の通行人、通過者、観察者、見過ごす人。空っぽの世界。苔さえ生えない世界。乾ききった荒野。砂煙だけが舞う場末の廃屋。

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→ 右側も、母が使っていた手すりが邪魔をして、やはり、締め切ることができない。手すりを撤去する? 近い将来、自分が使いそうな気がするので、それはできない。

 しかし、何から助けて欲しいのだろう。この場所から、数千ヘクタールに及ぶという樹海の何処かから出してもらうこと、とりあえず願いはそれだけ。でも、それ以上の何があるというのか。
 オレは、とうとう、恐怖のあまり、獣になった。咆哮した。声というより吼え声だった。叫びであり、喚きだった。慟哭する嗚咽の鳴動だった。大地も響けとばかりに声を張り上げた……つもりだった。
 が、そんなものは、深い森の奥の小鳥の囀りでさえもなかった。蟻の囁きだった。誰もいない森に落とされた針の音に過ぎないのだった。

 魂の叫び! そのちっぽけさがつくづくと思い知らされた。神も仏も、人の魂の叫びなど届くはずがないと、心底から思い知らされた。自然は無慈悲であり、無関心であり、輪廻するだけであり、人が死んだとしても、無数の微生物の生成消滅となんら変わるところがないのだった。人間だけ、特別扱いを願うほうが我が侭なのだ。

 オレが死んでも、誰も気付かないし、感じない以上に、自然は、オレに共感を示さない。無数の微生物と等価な命の、偶さかの担い手であるに過ぎない。他の誰かが、代わって担えばいいのだし、その代わりが人間である必要さえもない。

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← ああ、家の中を風が吹き過ぎる…。

 永遠の孤独なんてものが、ちゃちな玩具に過ぎないと知れた。心が引き裂かれ、千々に乱れても、深い森の奥の湖の細波以上の何物だ、というわけだった。
 水面の揺れは、風の戯れ、それとも湖面に木の葉が舞い落ちてほんのかすかな波紋を生じる、ただの気紛れに過ぎないだった。
 何故だ! どうして、この胸の張り裂ける孤独が、天にも届かなけりゃ、誰の胸にも響かないのだ。

[創作風モノローグ「樹海にて」(04/08/22 作)より抜粋]

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