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2011/11/19

『死因不明社会』と「Ai」の理念と(前編)

 過日、一ヶ月ぶりに書店へ。
 一ヶ月に一度、纏め買いする。
 なんて書くと、恰好がいいというか、景気がよさそうだが、実際には、数冊買う程度。

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← 海堂尊著『死因不明社会 ― Aiが拓く新しい医療』(講談社ブルーバックス (2007/11 出版)) 「2008年、『死因不明社会 Aiが拓く新しい医療』(講談社ブルーバックス)で第3回科学ジャーナリスト賞受賞」とか。

 家事にかまけて、というわけでもないが、月に数冊読むのがせいぜいなのだ。
 今回は、ガルシア=マルケスの『族長の秋 他』と、J・M・G・ル・クレジオの『地上の見知らぬ少年』、リチャード・ムラー著の『サイエンス入門Ⅰ』 (訳:二階堂行彦 楽工社)などなど。

 ル・クレジオの『地上の見知らぬ少年』は、一度、図書館で読んでいるのだが、実に素晴らしい文学世界、詩的な世界、言語で表現しえる中で最高に居心地のよい世界を感じさせ、所蔵したくなったのである。
 近いうちに読めるかどうか分からないが、手元に置いてあるだけで、文学的に且つ詩的に刺激になり、励まされもし、ある種の安心感さえ、得られる気がする。

 このほか、明治維新前後の本ということで、『ニコライの日記――ロシア人宣教師が生きた明治日本』( 中村 健之介 (編集, 翻訳)  岩波文庫)も買った。上中下とあるらしいが、下巻はなくて、上中だけ購入。
 これは、車中での待機時間にゆっくりじっくり読んでいくつもり。

 文系(?)の本を買うと、(自分の中のバランス感覚で)理系の本も買いたくなる。
 リチャード・ムラー著の『サイエンス入門Ⅰ』 (訳:二階堂行彦 楽工社)は理系と言えば理系だが、本書は文系の学生向けの本なので、やや微妙。


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→ 裏庭にひっそりと咲く、ツワブキ。秋口までは蓮の葉っぱのような葉が目立つだけ。それが寒さも厳しくなりかける頃に、鮮やかな黄色の花を咲かせる。きっと、長く咲かせてくれるだろう。

 紀伊国屋書店の広い店内をぶらついて、数学や物理、天文学、生物学などの書架を眺め歩いたが、ふと違うジャンルの本にもチャレンジしたくなった。
 というか、ふと、『死因不明社会』という題名が目に飛び込んできたのだ。
 著者はというと、海堂尊とある。
 聞いたことがあるような…、いや、確かにある。
 そうだ、テレビドラマ『チーム・バチスタの栄光』の原作者ではないか。

 テレビ番組の『チーム・バチスタの栄光』は、登場人物たち(同時に役者たち)の魅力やドラマの面白み、医学の最新技術などに関わるサスペンスの緊迫感もあって、好きな番組である。
 ただし、肝心の原作は読んでいない。
 でも、著者名は、忘れっぽい、ぼんやりな小生の脳裏にも銘記されていた。
 そうか、彼は、こういった本も書いていたのか。

 …というか、むしろ話は逆だったのである。

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← 海堂 尊【編著】『死因不明社会〈2〉なぜAiが必要なのか』(塩谷 清司 山本 正二 飯野 守男 高野 英行 長谷川 剛【著】 講談社ブルーバックス (2011/08/20 出版))

 海堂 尊は、「1961年生まれ。千葉大学医学部卒。作家、医学博士」だが、「2000年よりAiの概念を提唱」しているという。
 小説も、Aiの概念を専門家(特に厚生労働省の役人)に向けてより、一般世間に向けて面白く書くことで、世間に周知させ、結果として腰の重い役人の腰を上げさせようとした、とか。
現在、独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センターAi情報研究推進室室長」といった要職にある:
一般財団法人 Ai情報センター

 海堂 尊【編著】の『死因不明社会〈2〉なぜAiが必要なのか』(塩谷 清司 山本 正二 飯野 守男 高野 英行 長谷川 剛【著】 講談社ブルーバックス (2011/08/20 出版))の内容紹介が、本書(続編も含め)を端的に示している:

誰にでも一生に一度、平等に行われるべき検査、それが死因検査だ。
だが、この国の死因究明の実態はとても貧しい。
大切な人の死因がわからない悲しみ、犯罪や医療ミスが介在するのではという疑い。
そうした「死因不明」の闇は、医療を、社会を、そして人々の心を歪めていく。
この問題を解決する「Ai」の理念を『死因不明社会』で示した海堂尊が改めて提示し、医療最前線で活躍する5人の第一人者とともにAiの真の力を見せつける。

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コメント

「しいんふめいしゃかい」と打ったら、「試飲不明社会」と誤変換されました。
そんなことは置いといて、「死因不明社会」と「Ai」というので、人工知能の話じゃなさそうだ、と思い、ググってみると、オートプシー・イメージング(Autopsy imaging)という言葉に辿りつき合点。

死体はガンジス川に流して終わり、というインドのような死因を死のなかにとりこんでしまう文明のおおらかさも、あっていいのかな、と思います。

たぶん、これにたいする科学的反論がいっぱい本に書いてあるかと思いますが、インド文明にAiとかいっても河に流されるだけかと。
お粗末……。

投稿: 瀧野信一 | 2011/11/20 03:28

瀧野信一さん

死因不明社会では、沈黙が支配し、シイーンとしてしまいそうです。

インドの社会も、ガンジスが受け入れる余地が、ドンドン、なくなりつつあるのではと思われます。

世の中というか、世界が世知辛くなっていくのは、人口が増え、且つ、欲望を知ったからなのでしょう。
バベルの塔社会ってわけです。

それより、むしろ、死因不明社会は、世界的なグローバリズムの潮流が、個の内実を圧倒し去る、その兆候のように思えます。

ガンジスの川に流すような、おおらかさを根底から崩壊させてしまう、それが現代の趨勢なのでしょうね。

投稿: やいっち | 2011/11/21 02:31

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