神色自若たる巨樹(後編)
そもそも苔が生えている、しかも、それをよしとするような精神的スポットは、日本以外のアジアや欧米では、普通に見られるものなのか、それとも、日本だけの特殊な嗜好なのか。
→ 枝(?)の一本を見つめてみる。風に折れ曲がった幹…と言われても、納得するかもしれない。苔生して…。
苔というと、数年前、本ブログの中でも、こだわってあれこれ書いてみたことがある。
その中で、苔は下手すると、黴(かび)や錆(さび)と同列視されかねない存在、なのに、何故、人は(日本人は)惹かれるのか、などなど書き綴っている。
その上で、苔に関して、以下のように書いている:
日本のような湿気の多い、山も木々も多い土地柄だと、ともすると花や木々以上に馴染みのある生き物と言えるかもしれない。
そもそも、「苔」という漢字自体が、苔の性質を表しているような気がする。小さくて目立たず、その存在を花を咲かせたりして大袈裟に自己主張するわけではない…そう、植物としては雑草と比べてさえも、とても無口な存在なのだ。クサ冠(カンムリ)にムクチと書いて「苔」と、名は体を現しているわけである。

← 松川縁(べり)には、こんなびっしり苔生した巨木が数多く並んでいて、あるいは天を見上げ、あるいは遊覧船の行き交う松川や土手を見下ろしている。…いや、ただ泰然自若としているだけなのだろう。
こんな小生の駄弁ばかりじゃ、あんまりだろうということで、当時、読みかけていた秋山 弘之著『苔の話―小さな植物の知られざる生態』(中公新書)の「はしがき」の一部を転記させてもらってお茶を濁していた:
ものの見方や心の感じ方が、育った環境に影響されるのだとしたら、「日本人」の感性は、川や山といった命を持たないものばかりでなく、そこにいる自然の生き物たちとの関係にそのいしずえがあるにちがいありません。そしてすべての生き物に、安住の住処(すみか)と命をつなぐ食物を与えているのが植物なのです。森や草原といった広がりを持った環境を見るとき、まず初めに目に映るのは、木や草、そしてシダといった体の大きな植物たちにちがいありません。しかし、腰を下ろしてじっくりと地面を眺めるならば、ずっと小さいのだけれども、実に不思議な魅力に富んだ苔たちの世界がそこに広がっていることに気づくことでしょう。
意識しないと気づかない世界。そう、ゆっくりと落ち着いた気分であることが、苔とつきあううえで大切なのです。一度この感覚を得られれば、道端にも、街路樹の幹にも、校舎の屋上にも、その目で見てみればあちらこちらに苔がいることに気づきます。ふだん私たちは彼らをただ見過ごしてしまっているだけなのです。それは苔が、ほかの植物たちと比べてずっと小さな体をしていることが理由なのですが、実は苔が持つ数々の不思議な性質も、この体が小さいということに由来しているのです。細胞の表面にちりばめられた不思議な模様にも、また朔(さく)の縁取りの構造の妙と、胞子を飛ばす際の実に理にかなった絶妙な動き。はっと驚かされる工夫が、小さな体のあちらこちらに秘められています。それはあたかもコンピュータの集積回路のようです。残念ながら人間の目ではちょっと倍率が足りませんから、詳しく観察するには虫眼鏡が必要なのですが、安いものでも大丈夫。これ一つあればぐっと世界が広がってゆきます。
苔を求めて苔庭を訪れるなら、梅雨の時期にかぎります。たっぷりと体中に水を染み渡らせ、いきいきとした苔たちが、濃淡実にさまざまな緑の色で、しっとりと雨に打たれています。どんよりとした空の色も、かえって苔の魅力を増すようです。夏の盛り、晴天の日が続くと、見かけがすっかり変わってしまいます。干からびてしまし見るからに哀れな姿をさらしているのですが、実はここにこそ、地球の歴史の中で苔が苛酷な環境を生き延びてきた秘密が隠されているのです。
→ 松川は、小生が休憩したスポットに程近い場所で「いたち川」と合流する。いたち川は、作家宮本輝氏の芥川賞受賞作「螢川」の舞台ともなっている。写真は、いたち川の川辺に飛来する、白鷺? 「総曲輪をぶらぶらと」参照。
関連拙稿:
「苔の話あれこれ」
「黴と錆」
「苔の話…ひかりごけ」
「苔の花…スパニッシュモス」
「雑草をめぐる雑想」
「樹液のこと…琥珀」
「枯葉の季節は詩人を生む」
「雪の季節の終わり…庭木の惨状」
「誰もいない森の中の倒木の音」
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