我が町・我が家のこと(1)
昨夕辺りから、久々の雨。
一週間以上、晴天が続いただけに、人間にとってもだが、植物(他の生物)にとって、待望の雨なのかもしれない。
ただ、夜に入って、突風を伴う強風が吹き荒れてきた。

← 「杜鵑草 (ほととぎす)」の花が今秋も咲いてくれている。
ちょうどそんな時に、仕事で神通川沿いの土手を走っていて、強風に煽られて、車線をはみ出しそうで、ハンドルを持つ手につい、力が入ってしまった。
特に対向車と擦れ違うとき、一番、緊張感が高まる。
すれ違う瞬間に折り悪く突風が吹いて、どちらかの車がハンドルを取られて、ほんの数十センチずれるだけで、接触、下手すると、どちらかの(あるいは両方の)車が車線を、つまりは、土手を食み出して、ガードレールを突き破ったり、そんなレールのないところだと、一気に土手の斜面を滑り落ちていく、なんて光景もありえないわけではない。
昨夕以来の雨は、その後も、断続的に降り続いていて、今も、しっかり降っている。
今までの降ることが出来なかった鬱憤を天が一挙に晴らしている、ようでもある。
→ 今にも咲きそうな、「杜鵑草 (ほととぎす)」。
さて、一昨日の13日は、父の月命日。
仏壇に仏花や仏飯を供え、和菓子も供え、蝋燭を点し、玄関や廊下、仏間などの掃除をし(ごく、簡単にだが)、お布施を用意し、お坊さんを呼ぶ。
準備はこれだけでは足りない。
今までは暑かったので、冷たいお茶を用意すればよかった。
冷蔵庫で冷やした緑茶をグラスに注ぎ、コースターの上に載せ、さらにお盆の上に載せて、お勤めしてくれたお坊さんの前に出す。
でも、そろそろ気温も低くなってきたことだし、熱いお茶がいいだろうと、緑茶を買ってきた。
自分では飲まないような、やや高級な緑茶。
急須はもちろん、洗っておく(久々に使うので、念のため、洗う)。
さらに、お坊さんを待たせないため、お湯を沸かして、ポットに入れておく。
そのポットにしても、使ったのは昨年以来である。
それも、父母のため。
入院している父母のため、買ったポットなのである。
← 表の車道沿いの庭は、いまや、「杜鵑草 (ほととぎす)」の園に ? !
小生自身は、ひさしく、自分では、お湯を沸かしてお茶を飲むという習慣から遠ざかっていた。
お茶は全て、スーパーで買ったペットボトルのもの。
それを冷蔵庫で冷やしておいて、冷たいものを飲みたいときは、そのままコップに注いで飲むし、熱いものが飲みたい時は、愛用のカップに注いで、電子レンジでチン、である。
お茶の類いもペットボトルなのは、お茶っ葉の出し殻が出ないように、という意味合いもあった。
ペットボトルのお茶なら、出し殻は一切、出るはずもない。
しかし、一昨日、お坊さんのために新しい緑茶を買ってきて(昨秋、買った緑茶や番茶の葉っぱは、たっぷり残っていたのだが、しかも、冷蔵庫で保管しておいたのだが、やはり、お客様に出すのは失礼だろうと、全て捨てた)、おもてなしする準備をしていて、ふと思い立ったことがあった。
やや古くなった昨秋のお茶っ葉を捨てる際、生ゴミや燃えるゴミにとして出すのではなく、庭の土壌として、樹木の根元などに、撒いたほうが、有効活用になるのではないか。
→ 父の月命日だった13日。住職に来ていただいて、お勤めしてもらった。仏壇には、父と母の遺影なども安置されている。
ということは、これから飲むだろう、緑茶や番茶の葉っぱ(出し殻)にしても、生ゴミとして捨てるんじゃなく、葉っぱ(の残骸)類は、別の袋に保存しておいて、庭木の根元などに撒けば、最後の最後まで使い切ることになるし、ゴミが出ないではないか、なんて着想が浮かんだわけである。
さて、住職がお勤めを終えられたので、「今日は、冷たいのより、熱い方がいいでしょうかね」、なんて窺ったら、「冷たいのを」と、あっさり。
ちょっと肌寒い気がするのだが、まあ、本人がそう言うのでは仕方がない。
せっかくの緑茶は、出番がなくなってしまった。
本人も、あとで認めたが、住職はこのところの寒暖の差の大きい天気の影響で(多分、忙し過ぎることもあって)、少々風邪気味だったのだ。
風邪だったら、熱いお茶だろうに。
体が火照っていたから、冷たいお茶と言ったのか、それとも、熱いお茶を小生に出させるのを、申し訳なくて、遠慮したのか、分からない。
← 月命日の日は、お客様が来るということで、玄関に滅多にしない生け花をさりげなく。竜の置物の奥は、造花。右の額入りの篆刻作品は、父の遺作。
次に飲む機会は、今月にもあるのだが(母の月命日が26日)、それまで飲まないってのも、勿体無いので、自分で呑むことにした。
上記したように、ペットボトルのお茶じゃない、お茶っ葉のお茶を飲むのは、実に久しい。
何年ぶりか、自分でも分からない。
十数年ではきかないかもしれない。
コーヒー同様、粉や葉っぱの飲み物とは縁が切れて久しいのである。
その動機というのが、出し殻となったお茶っ葉を樹木のため、土壌を肥やす、なんてことにあるのだから、あまり人様には言えない話であろう。
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