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2011/10/06

桃山時代の能

 金曜日の未明だったかNHKのラジオ(第一放送)で、桃山時代の能の復元ということでどなたかが(名前は失念した)アナウンサーの問いに答える形で語っておられた。
 小生は能を舞台で見たことはない。せいぜいテレビで断片的に垣間見ただけだ。

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← 過日、所用があって富山市の中心部にあるデパートへ。というより、デパートの中にある書店へ。その帰り、買い物もあったので、遠回りして川見物。市内の随所で曼珠沙華(彼岸花)を見ることができる。「曼珠沙華」は、「天上の花」の意。

 曼珠沙華天の恵みの地に満てる    (や)

 あとは、時代劇の中で武士たちが能舞台を見る場面などは幾度となく見る機会はあった。特に織田信長などは(彼に限らないが)自ら能を舞ったようだし、一つのエピソードとして「絵」になることもあってか、しばしば信長が舞う場面は撮られてきた。有能だが無骨な半面、幽玄なる能に興じる信長像というわけである。

 ということもあって、小生などのように生の能(舞台)に疎い人間は、テレビや映画の能舞台のイメージが能に対する理解の土台というか背景になっているものと思う。

 これはラジオの聞きかじりで、必ずしも正確な話をここで披露できるわけではない。読まれる方は眉に唾して読んでほしいし、できるなら正確な話を誰かが披露してもらえたなら、それに増す喜びはない。 

 さて、昨日未明に聞いた話によると、今、我々が見る機会がある能というのは、基本的に江戸時代に様式化・儀礼化されたとのことである。これは恐らくは歌舞伎や狂言・落語など、他の多くの芸能に通じることだろう。

 しかし、最近の研究によると、信長や秀吉が好んで見たり自らが演じた能は、江戸時時代以降の能とは様子が少し(それとも大きくと語り手が述べたか忘れた)違うという。
 少なくとも桃山時代の能は時間的にもっと短かったというのだ。

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→ 自転車をゆっくり漕いで川を土手沿いに下っていく。快晴。ゆるやかな風。湿度も低い。

 ある桃山時代の研究者が秀吉らのタイムスケジュールから割り出した能の演劇時間は、どうやら50数分だというのである(54分くらいと語った記憶が微かにあるが自信がない)。
 さて、ある別の研究者(確か高桑いづみという名前だったと思う。
 彼女は(高桑さんだったとして)、「能楽囃子の歴史的研究 -楽器形態・技法・演出効果をめぐって」という論文で博士号を取得している)は、(ここから先はもっとあやふや)楽器の研究か語りのアクセントから当時の能を演じる時間を割り出したとのこと。

 しかも、驚いたことに、両者の割り出した時間がほぼ一致したというのだ。
 折りしも、11月9日(土)に(つまり今日)、「横浜能楽堂企画公演「秀吉が見た『卒都婆小町』」」ということで復元能の公演が行われた(ついさっき、7時半頃に公演が終了したはず):
 http://www.city.yokohama.jp/me/nohgaku/prog-2.html
(「横浜能楽堂」参照)

 上記の案内によると、「解説「桃山の能がよみがえるまで」」ということで、高桑いづみさんも含め、研究者の方々の講演があったようで、どんな解説がなされたのか、小生としては興味津々である。

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← すると、いた、いた。そう、白サギなどの鳥たちが日向ぼっこしている。此岸よりも、日当たりのいい、彼岸に多い。水面も日光を浴びられる辺りを狙って泳いでいるようだ。

 これは小生の勝手な偏見に過ぎないのだが、時代劇などで能を武将が演じる場面に遭遇すると、ホントにこんな風に演じられていたのかと根拠もなく疑心暗鬼の念で見てしまっていた。
 根拠などない。しかし、江戸時代はともかく、戦国時代や、まして桃山時代は未だ体制が確固とした基盤の上に乗っていたわけでは毛頭ない。

 もっともっと緊張感と緊張と透徹した人間や人生理解に裏打ちされた、凝縮された人間ドラマ像が示されていたに違いないと、根拠なく思うのだ。
 テレビで垣間見ただけの小生が能の批評などできるはずもないし、テレビでは舞台の雰囲気が十分に伝わるわけもないのだろうが、しかし、何か違う。小生としては、様式化される以前の能を見たいと思ってしまうのである。

                               (02/11/09原作

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→ どの鳥も、同じ向きで日向ぼっこ。背中を中心に!


[追記]:
 折りしも11月27日の朝日新聞に「桃山時代の能は短かった」題された記事が掲載され、小生の目を惹いた。
 記事の要旨を以下、簡単に記しておく。

 桃山時代の能の上演時間は、表章・法政大学名誉教授の研究では現行の約6割の短さである。
 能楽は江戸時代に武家のための芸となった式楽化のため、重々しくなり長くもある保守スタイルが定着した。近年は、式楽観に代わる古典演劇観が、その傾向を助長してきた。位の重い曲はよりゆっくりと、速い能はより速くなる傾向にある。

 3年がかりの復元作業に参加したのは、実演者からはシテ方の山本順之氏、太鼓の柿原崇志氏。研究者側からは竹本幹夫早稲田大教授、高桑いづみ東京文化財研究所室長、坂本清恵玉川大助教授、山口憲・山口能装束研究所長。

 現在1時間半の演能時間は復元能では50分。アクセントも今の京言葉風。能装束は桃山時代のものを復元。能面は梅若六郎家に伝わる室町時代の名品「老女小町」。小鼓も奈良・春日大社の社宝である室町時代の胴を使う。

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← 最後に橋の欄干附近に自転車を止め、鳥たちや曼珠沙華の群生とさよなら。

 記事の中では、公演を企画した山崎有一郎・横浜能楽堂館長のコメントが載っている:
「能はかつて酒を飲みながらでも見る気楽な芸能の側面があった。それが重苦しくなり、退屈なのにありがたがる傾向がある。原点に戻るとどうなるか、重苦しい曲の代表である『卒塔婆小町』をモデルに復元してもらった」

 記事には、復元能「卒塔婆小町」を舞うシテの山本順之氏の姿を映す写真が、神田吉明氏による撮影で掲載されている。

                                (02/12/02補記

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