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2011/10/19

ナボコフの魔術的描写(後編)

 彼のこうした(小説家としては異色な)経歴(や実績、それとも資質か)は、彼の創作にも強く影を落としている。

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← 「クジャクチョウ」(タテハチョウ(立羽蝶)科) 特徴的な保護色(の意味での擬態)の事例として、しばしば取り上げられるチョウの一種。(画像は、「タテハチョウ - Wikipedia」より)

今週の本棚:井波律子・評 『ナボコフ全短篇』=ウラジーミル・ナボコフ著」(毎日jp(毎日新聞))の書評を参照させてもらう。

 井波律子氏の評によると:

 ここに収められた六十八の短篇小説には、過剰なまでの細部描写で埋められ、一種、夢のような雰囲気に包まれた物語展開が、一転して意外な結末に至るという語り口のものが多い。こうした語り口が、もっとも鮮やかな効果をおさめているのは、昆虫マニアを主人公とする「オーレリアン」、および蝶(ちょう)を素材とする「クリスマス」の二篇である。
      (中略)
 いたるところに夢、悪夢、幻覚、記憶などの装置を仕掛け、細密描写を旨とする物語作者ナボコフの世界を凝縮した本書は、まさにナボコフ万華鏡ともいうべき、豊饒(ほうじょう)な魅力にあふれている。迷路をさまよう不思議な気分を満喫させてくれる一冊である。

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→ いまやすっかり、セミの鳴き声は忘れられてしまった。でも、セミの抜け殻が、この世に生きた証とばかりに、葉にしがみついていたのだった。拙稿である「蝉時雨に沈黙を聞く」や「蜩…夢と現実をつないで鳴く」などを参照願えれば。

 詳しくは、「今週の本棚:井波律子・評 『ナボコフ全短篇』=ウラジーミル・ナボコフ著」なる頁を読んでもらいたい。

 短編には、ナボコフの昆虫学者、特に蝶や蛾の研究と観察の成果…というより、観察する姿勢、もっと言うと、資質の、その延長が濃厚に現れていると思っていいのだろう。

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← ウラジーミル・ナボコフ著『ナボコフ全短篇』(翻訳:秋草 俊一郎/諫早 勇一/貝澤 哉/加藤 光也/杉本 一直 /沼野 充義/毛利 久美/若島 正 作品社) 「“言葉の魔術師”ナボコフが織りなす華麗な言語世界と短篇小説の醍醐味を全一巻に集約。 英米文学者とロシア文学者との協力により、1920年代から50年代にかけて書かれた、新発見の3篇を含む全68篇を新たに改訳した、決定版短篇全集」だとか。垂涎の書。未読だが。

 上で(簡単すぎるほど)簡単にナボコフの研究の独自さと先見性を紹介した。

 本書『かたち』によると、ナボコフは生物の模様の形成について、ありがちなダーウィン的説明で十分だとは思っていなかった。
 蝶の模様を単なる擬態として説明するのではなく、「むしろ、別の種類の原則、自然が頼ることのできるパターンを制限するような原則が働いているのではないかと疑った」。
 ナボコフは、「パターン構造を支配するもっと根本的なルールがあり、その手がかりはタテハチョウ基本プランに示されていると」感じていた。

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→ ウルシの木…だろうか。庭の方々に勝手に育ってきている。早くも紅葉し始めている?

 ナボコフの説明を、本書からの転記として、以下に示す:

 あるガが形と色の点で、あるハチに似ていれば、歩き方と触角の動かし方もハチのようで、ガらしくない。チョウが葉っぱのように見えれば、葉っぱの細部が見事に表現されているばかりでなく、虫食い穴を擬態する模様もごていねいに入っている。ダーウィン的な意味での「自然選択」では、模倣的な側面と模倣的な振る舞いの奇跡的な一致を説明できない。また、捕食者の理解力をはるかに上回る微妙な、豊富な、贅沢な擬態にまで保護手段が推し進められるとき「生存競争」の理論に訴えることもできない。私は、芸術に求めるのと同じ非功利主義的な喜びを自然の中に発見した。どちらも一種の魔術、手の込んだ仕方で他者を魅惑し、あざむくゲームだ。
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← ウラジミール・ナボコフ (著)『ロリータ』(大久保 康雄 (翻訳)  新潮文庫) 硬質すぎるほどの偏屈さが際立つ。本稿を書いていて、本書を再読したいという欲求がた高まってしまった。(画像は、「Amazon.co.jp: 通販」より)

「少し神秘主義的すぎる」と思われがちな考え方は、実は本書の著者によると、案外と今日の再検証に耐えうる着想だという。

 本書において、ナボコフの研究の鋭く独創的な着想が詳しく述べられている。

 確かに認識がそこまで深まると、ナボコフが昆虫学者の域に収まりきれなかったのも無理はない、なんてしたり顔で言うのは、これまた安易なのだろう。

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