回り道
砧公園には世田谷美術館があって、そこがまた小生のお気に入りのスポットだったりする。美術館の中を気に入った作品を求め歩いて廻ると同時に、砧周辺の公園をブラブラ、ただ漫然と歩いていた。
そうした頃というのは、小生が自分の目的というか大袈裟に言うと志を見失っていた頃でもあった。休日となっても、何をすればいいか分からなかったのだ。本を読む…でも、外が気になる、で、外へ出るけれど、何処と言って当てがあるはずもない。自然、都会の喧騒から逃げるように、それとも、多摩川などの自然風物に接することで気分転換を図り、そのうちに何かインスピレーションでも湧いてくるのを待つ、それでなかったら、失われたエネルギーが体の内側から湧いてくるのを漠然と期待する…。
仙台から東京へ出たはいいけれど、最初の3年で呆気なく自分を完全に見失い、自信を喪失し、都会の雑踏と無数の人々の沸騰するようなパワーやエネルギーに圧倒され、哲学や文学といった肝心の関心事さえ、絵空事に思われだし、けれど、サラリーマンに徹することも出来ず、しかも、ちょうど自分が漫然と抱いていた文筆で身を立てるという志が頓挫し、宙ぶらりんとなっていたそのときに、友人たちと出会い、しかも、友人の一人が人も羨むポストを投げ打って出版界に打って出て、自分もそのエネルギーの渦に巻き込まれ(この辺り、主体性がまるでなかった)、ズルズルと手伝うような、ただ引き摺られているだけだったような中途半端なままに十年余りのサラリーマン生活を送った…、というより遣り過した。
その間、ある友人は小生などには想像も付かないような努力を積み重ね着々と出版界に足場を固め、実績を積み重ね、遂には全国紙の読書欄でベストセラーの中に顔を覗かせる本を自ら書き、あるいは企画したりするほどになった。
が、当の小生はというと、自分で何をする意欲がどうしても湧かないままだった。
その小生が、やっと思い腰を上げ、書くことに一生を捧げる、そのためにほかの全てを犠牲にするという覚悟を決めるに至ったのは、サラリーマンとして窓際族に(ほとんど、自滅のようにして)追いやられ、所詮、何処にも自分の居場所などない、居場所がありえるとしたら文章表現の文字の余白か、文字と文字との緊密で濃密な時空の、その透き間でしかないのだと思い定めてからのことだった。
そこまで追いやられないと、自分を追い詰めないと書くことに己の全てを捧げるという覚悟など、自分にはもてなかったのである。
そうしてサラリーマンとして残業の日々が続く中、遅い時間に帰宅し、仮眠を取ったあと、夜毎、創作に励んだ。創作する時空だけが生きている時間のように感じていた。そこにしか居場所がなかった。そして明け方になって一時間ほど仮眠して会社へ向かう、そんな日々が続いたのだった。睡眠時間が二時間もあったかどうかという日々が数年続き、会社で眩暈することもあった…。
休日は、起き上がる気力も萎えていて、多摩川どころか近所を歩く気にもなれず、部屋の中で泥のように眠るばかりだった。友人がベストセラーを出す頃には、小生は会社を首になり、本当に宙に浮いてしまっていた。友人の想像を絶する努力の一方で、小生はどん底を這い回っていた。陰と陽のように。
友人が自分のテーマに徹するようになり、小生などの相手などしていられなくなったそんな頃になって、小生はようやくエンジンがかかって来た。あまりに遅い点火だった。擦れ違いだった。あるいはそうでないと、友人にさえ呆気に取られるほど人から見放され、切羽詰らないと自分は動き出さない人間なのかもしれない。
そう、砧や多摩川緑地へツーリングへ行って、緑や河や空やに接することでは創作意欲など湧くはずもなく、ましてインスピレーションもそう都合よく、自分に湧き起こるはずもなかったのだ。
書くとはインスピレーションが自分を見舞うという幻想を捨て去って初めてできる営為だと気付くのに、あまりに長い回り道をしてしまった。
(今日、6年近くも前に書いた、この日記「砧…聞夜砧」へのアクセスが幾つかあった。なぜだろう。せっかくなので、その記事から一部抜粋。尚、文中の画像は、拙稿「水辺へ、そして夕焼け」から。写っている川は、多摩川ではなく、いずれも、富山市を流れる神通川である。)
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