白いハトは何かの使者?(前編)
白さも白し、純白のハトだった。
飼われていたハトに違いない、と思った。
見れば見るほど白さが際立つ。
羽に汚れはまるで見当たらない。
逃げて間もないハトのように感じた。
どこか近所に白いハトを飼っている家があったっけ。
あるいは、どこかのペット屋さんの籠から抜け出してしまったものか。
純白の羽を目を凝らして観察すると、その眩いほどの白さに、気のせいかと思えるほどの赤みが混じっているようでもある。
血の赤に感じられた。
金属製の籠の扉を抜け出す際、羽か、あるいは皮膚を擦ってしまった。
その擦り傷から滲んだ血が羽の先に溶け込み、広まったのかもしれない、などと考えた。
→ 逃げられるかなと思いつつ、一歩、近寄ってデジカメ撮影。白いハトは、逃げないで、ジッとこちらの様子を窺っている…。
そのハトは、あるいはハトは、人間馴れしているのか、小生が少々近寄った程度では逃げようとしない。
目線は、しかし、小生の動きを警戒しているようでもある。
が、警戒しつつも、小生に、人間に自分をどうかしてくれることを期待しているようでもある。
あるいは、ただ、エサが欲しいだけなのか。
小生は、庭や畑、花壇の様子を見て回ろうと、外へ出たのだ。
回覧板を隣家へ持っていく必要もある。
いつまでもハトに構っているわけにもいかない。
それにしても、真っ白なハトなど、小生の庭や畑などの敷地はもちろん、近隣でも見かけたことは、記憶する限り、全くない。
何かの瑞兆…、ならいいのだが、まあ、白いハトは、常識では平和のシンボルだというが、同時に、神の使いならば、触らぬ神に祟りなし、である。
← ティツィアーノ (Tiziano Vecellio)作「受胎告知(Annunciazione)」 (1559-1564年頃 403×235cm | 油彩・画布 | Church of San Salvador) 「ルネサンス以降、三位一体の考えでは、白い鳩は三位の一部である聖霊が変化したものだとされ、本作では受胎告知が神の意志であることを示す神の代理人として描かれたと考えられている」とか。(画像・情報は、「サルヴァスタイル美術館」より)
いつまでも、トイレ(小)の窓の桟に留まったまま動かない白きハトを背に、東向きの表の庭を歩き、まずは南側の道路に面する花壇のほうへ向かった。
その花壇には、本ブログ日記でもしばしば話題に登場するゴーヤや朝顔、マンデビラなどが育っている。
ゴーヤは今も元気で、十個近くの実が生っている。
ただ、夏場とは違って、三十センチほども育ったりしないし、それ以上育って始めて黄色に変色する、なんてこともない。
せいぜい二十センチほどで黄色く変色してしまう、熟して中の種もどぎつい深紅に変色してしまうのだ。
なので、収穫するには、二十センチ足らずでツルから捥ぎ取らないといけないのである。
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