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2011/08/06

ゴーヤの実を調理(後編)

 とりあえず、収穫したゴーヤとナスを水に漬け、数時間後、水を切って、調理に取り掛かる。

 まずは、ナスを浅漬けにする。
 その前に、スーパーへ買い物に行って、浅漬けの元を買ってきたことは言うまでもない。
 これまでも(といっても、昨年は、家の中のことで忙しく、漬物作りも一切、手がつけられなかった)、小ぶりの漬物用の鉢で、漬けてきた。

 が、鉢にひびが入っている。
 しかも、漬物石が見当たらない。

 昨年の二度にわたる不幸の最中、家の中を大掃除したので、その際に、漬物石は台所から追放され、漬物鉢も損傷を被ったのだろう。

 仕方なく、ありあわせのプラスチックの容器で代用する。
 漬物石は、台所の外にあった、いかにも漬物用と思われる石を拾ってきて、別の容器に入れて水に浸した。
 数日間、浸せば、石も綺麗になるだろう。
 
 当面は、漬物石がないので、タッパで上から押さえつけ、さらにプラスチック容器の蓋をして、二重の圧力をかける。
 今朝になると、いかにも漬物風になっていた。
 あと一日か二日、つけておけば、小生好みのナスの浅漬けができるはずである。

 さて、ゴーヤの実。
 その実が実にでっかい。
 一人分には多すぎるのは明らか。
 しかし、そこは小生のこと、二度に分けて食べようなんて殊勝なことは考えない。
 そもそも調理(料理)が苦手だし、嫌い。
 仕方なく料理するだけ。

 ゴーヤチャンプルーを作りたいのだが、食べたことはあるが(ゴーヤチャンプルーは、肉野菜炒めに劣らず、好きである)、作ったことも、作る過程を見たこともない。
 
 ゴーヤの実を、まず包丁で真っ二つに断ち切った。
 すると、中見は、白っぽいヨーグルト状のブヨブヨのもので、そこに種らしきものが沢山、出来ている。
 包丁でむやみに断ち切ったので、種(?)を幾つも切り裂いてしまい、種の中の真っ赤な身が露わになっていた。
 多分、こうした白いブヨブヨや種は食べられないのだろうと判断。
 包丁で掻き出す。
 
 その上で、ゴーヤをぶつ切りにしていく。
 ゴーヤチャンプルーを食べた際のゴーヤの形を思い浮かべながら。
 
 ゴーヤに加える具材はどうする?

 幸か不幸か、タマゴがたっぷりある。
 賞味期限から逆算すると、一日、三個は食べないといけないほど。

 なので、タマゴを三個。
 中元でもらった黒豚の生ハム。
 炒めたりしないで食べたいが、この際は、チャンプルー料理の具材になっていただく。

 何か物足りないので、味噌汁用の乾燥ワカメをたっぷり加える。
 味付けは、胡椒と塩を少々。
 最後に、食べる際に、ポン酢で調整すればいいだろう。

 というわけで、丼に山盛りのゴーヤチャンプルーが完成。
 ゴーヤの調理は初めてなので、こんな大雑把な調理でいいのか不安だった。
 昼間に食べておけば、お腹を壊しても、夕方までに症状が出る。
 明るいうちに病院にたどり着けるに違いない、なんて、妙な心配をしていた。

 しかも、豪華と言うべきか、月曜日に近所の総菜屋で買い置きしておいた、タマネギとトマトのマリネやら金時豆やらがあったので、早めに食べないと、というプレッシャーで、昼食の食卓は、近来になく豪華絢爛。
 無論、丼にご飯を七分目、盛ったのは習慣上、避けがたい。
 
 食った、食ったであった。

 夕方にもタマゴ三個の目玉焼きを作ったので、水曜日はタマゴを6個、食べたことになる。
 カロリー過剰であろう。
 火曜日は仕事でタマゴを食べられなかったので、水曜日は6個、食べるのがノルマだったのである。

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