誰か居る!(前編)
ふと、目覚めた。
脇の置時計を見ると、二時前である。
真夜中過ぎ。
ゴトッ!
何だ?
そうか、この物音で目覚めたのだ。
昨夜来の雨が今も降り続いている。
雷鳴の響きこそ聞こえないものの、雨の降り方は半端じゃない。
猛烈な雨音、近くの小屋のトタン屋根を叩く音、木の葉を叩きつけ落としてしまおうという勢いの雨の音に目覚めた…、そう思いたかった。
しかし、間もなくまた正体不明の音が聞こえた。
間違いない。襖(ふすま)じゃなく、何処かのドアが開かれる音だ。
廊下を摺り足で歩くような気配も感じる。
箪笥の引き出しを開けるような、木と木が擦れ合うような音のようにも聞こえる。
心臓がバクバクしているのが分かる。
誰か、居る!
誰か家に忍び込んだのだとしたら、情勢は自分には不利だった。
就寝前、読書していて、枕元の電気スタンドの明りは灯されたまま。
だから、自分の部屋の隅もだが、まして隣室の三畳ほどの外に面する書斎も、寝室の脇の廊下も、ましてその先の仏間や座敷や居間も真っ暗である。
だが、先方からはこちらは明るく映っているはず。
動けば、その動静は先方に即座に分かる。
こちらの動きは相手に筒抜けなのだ。
しかし、このままベッドに横たわったままで居るわけにもいかない。
奴がいつ障子戸を開けて、この寝室に忍び込んでくるともしれない。
近隣では、昨年から空き巣が横行しているという。
もう、十数件も被害が出ているとも。
昨年だったか、犯人が一人、捕まった。
そいつは、近所の空き家を勝手に住まいにし、根城にし、近隣の空き巣を繰り返していたという。
が、空き巣犯は、他にもいるとかで、その後も、空き巣は続いていると聞いている。
そういえば、五十年ほども昔、オレがまだ物心付く前のこと、我が家に泥棒が入ったことがある。
まだ、近隣の家々は、家に鍵を掛けるなんて、思いもよらない頃のことだった。
近隣に限らないが、一人暮らしの家が実に多い。
それも、多くはお年寄りである。
万が一、空き巣に入って、居住者と鉢合わせしても、すぐに逃げれば、捕まらないし、そもそも、ぐっすり寝込んだ老人は、気づかない、あるいは気づかないし知らない振りをして、寝て過ごすという。
他にどうしようもないではないか!
空き巣野郎は、近所を歩き回って、家々の事情を調べつくしている。
実際、自分にしても、近所の観音堂のお賽銭泥棒を、二度ばかり、目撃している。
そいつは、今日も、真昼間、見かけた。
そいつは、あちこちのお賽銭のある場所を巡り歩いて、チャンスがあったら、お賽銭や箱から漏れている小銭を拾って回っているようだ。
誰かに見咎められたら、すぐにお堂の格子から手を抜いて、手を合わせて、祈っている振りをするのだ。
オレが見かけたときも、そうだった。
もしかして奴こそが未だに捕まらない空き巣犯の一人なのだろうか。
オレの家が、十時過ぎには真っ暗になっていたので、誰も居ないと思い込んでしまったのだろうか。
寝室の灯りといっても、電気スタンドの灯りに過ぎず、しかも、寝室の隣は廊下か書斎で、外部には灯りは一切、漏れないのだ。
玄関の軒灯りは、富山の通例で、九時前には消す。
オレなどは、玄関の鍵を閉めたことがない。
翌朝、朝刊が届いたら、ポストから取り出して、ようやく玄関の鍵を閉める。
でも、まさか、玄関から堂々と空き巣が忍び込むものだろうか。
トイレの小窓、風呂場の脇の洗い場の窓、屋根裏部屋の使い物にならない鍵があるだけの窓…、忍び込む箇所は数々ある。
その気になれば、ガラスを破って侵入することは、あまりに容易だ。
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