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2011/07/30

トーストとコーヒーの生活(前編)

 数ヶ月前から、あるいはもっと前から…、冬の終わり頃からだったろうか、週に二度はトーストと牛乳、という昼食を摂る習慣、あるいは習癖が付いている。
 年初だったか、テレビでだったか、トーストを食べるシーンを見て、ふと、自分も久しぶりだし、食べたいと思ったのが切っ掛けだった。

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→ 過日、一周忌の法要があった。その際、手伝ってくれた親族の方たちへお礼の挨拶に。久しぶりにこの風景に遭遇。

 刺激を受け、早速、スーパーで食パンを半斤(きん)、3枚にスライスしてあるものを一パック、買い、そのときはココアも一パック、買って、さらに、マーガリンとベーコンも併せて購入。

 なんだか、久しぶりと言うこともあって、ワクワクする気分で、昼になるのを待ちきれずに食べた。
 学生時代や、サラリーマン時代、昼は外食、でなかったら、弁当かパン食というのが当たり前だった。
 パン食でなくても、インスタントのコーヒーは、日に何度も喫する。

 パンはトーストだったり、時にはトーストしないで、マーガリンかバターを塗って、牛乳かコーヒーでそのまま流し込むというスタイル。
 いつしか、そんな食事の形態は、自分の生活からは消えていった。
 そもそも、不思議なのは、インスタントのコーヒーを喫するという習慣が消滅してしまったこと。


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← ある親族の家の玄関先では、鉢植えのヒマワリたちがお出迎え。小ぶりのヒマワリがあることを知った。

 何が切っ掛けでコーヒーをやめたのか、全く分からない。
 十数年前の或る日、そういえば、このところ久しくコーヒーを自宅で飲んでいなってことに、ふと、気がついた。
 気がついたら、せっかくだし、気分転換にでも、飲んでみようと思うものだが、全く、飲みたいという気にならない。

 コーヒーが体に悪いとか、一時、飲みすぎるほど飲んだとか、そんな格別な理由があって、コーヒーを飲むのを止めたわけではない。
 だったら、切っ掛けくらいは覚えているはずである。

 単純に、飽きた?

 これは、推測だが、若い頃は友人(同僚)との付き合いが頻繁で、外(喫茶店)で、あるいは友人宅で、時には友人を招いて自宅で、食事などをする機会が少なからずあり、その際、コーヒーは必ず喫する。
 若い頃は、喫するものと言えば(お酒は別にして)、お茶よりコーヒーだった。

 時には、コーヒーメーカーセットを買って、ドリップを自分で試したりしと、凝りそうになったこともある。

 体がコーヒーよりも、お茶を欲するようになったのだろうか?

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→ 神通川に架かる陸橋を渡る直前の光景。翌日から曇天(雨天)の日々が続いた。


 が、友人・知人宅を訪れる、自宅に招く、そもそも交際の機会自体が皆無に近くなって、いつしか、コーヒー(インスタント)の瓶も棚から消えていった。
 消えていったことすら、自覚のないままに。

 皮肉なもので、自分にコーヒーを喫する習慣が消えていったのと、相前後して、田舎の家では、父母の間でコーヒーを飲む習慣が出来ていた。
 ある年、帰省してみたら、食卓の傍にインスタントのコーヒーの瓶があり、父母は日に一度か二度は、お茶を喫した後の湯呑み茶碗をそのままに、インスタントの粉を入れ、母はブラックで、父は必ず砂糖を加えて飲むのだった。

 小生にも、コーヒーを勧める。
 どうやら、お医者さんか誰かに、日に何杯かのコーヒーは体にいいと言われて、コーヒーを飲むようになったらしい。
 それがいつしか、習慣になっていたようだ。

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← 雨降りの日々が続く中、ユリの花が次々と開花している。我が家の薄暗い庭にオレンジの灯りが嬉しい。


 だから、父母は体にいいがんぜと、小生にも勧める。
 勧められて小生は初めて、そういえば、俺、もう何年もコーヒー、飲んでいないな、と気づいた次第なのである。

 以来、帰省のたびに、買い物係りとなる小生は、自宅にコーヒーが(あるいは砂糖が)なくなりそうになると、スーパーで買うのが習いとなった。

 パン食の習慣も、コーヒー(インスタント)が自宅に置かなくなったのと平行して、ほとんどなくなっていったような気がする。
 ごくたまに、発作的に、アンドーナツとコーラという組み合わせを食べたくなったりする。
 そんな悪食を欲する時というのは、多くても月に一度である。

 しかし、トーストとコーヒー(あるいは牛乳)という軽食を摂りたくなる瞬間というのは、滅多に生じない。
 
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→ ドクダミやムラサキツユクサに代わって、グラジオラスが庭や畑をにぎわせてくれている


 そして、食べたいと思わないという以前に、思い浮かびもしない。
 テレビのCMで、松たか子さんが食パンを宣伝しているのを見ても、それもいいなー、くらいのものである。
 むしろ、松さんに見蕩れて終わり、だった。

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