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2011/07/21

朝顔 ゴーヤと競り合うほどに(後編)

 六月の終わりか七月の始め頃には、ツルも伸び始めてくる。
 鉢植えだったら、鉢を大きなものに植え替えないといけないし、いずれにしても、支柱(つっかえ棒)も、より長いものに取り替えないといけない。

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← 3つ植えた苗のうち、一番、育ちの遅い朝顔。でも、花は咲かせてくれるし、ツルだって伸びている。

 できれば、ツルが伸び始める直前に棒は今後の成長を期待して、長いものに替えた方がいいのだろう。
 やがて、ツルが棒の高さをあっさり超えて、中空にまでその触手を伸ばそうとする。
 こうなると、ネットを張ったほうがいい。

 小生にしても、ゴーヤのために張ったネットを目一杯に伸ばして、朝顔のためのネットにした。
 朝顔がこんなにも勢い良く弦を伸ばすとは予想外だったのだ。
 3年前や一昨年は、朝顔は、支柱を交換するだけで、ツルの伸びも、勢いがなく、ネットなど論外だったのだ。
 それが、今年は、なぜか、(3本のうちの1本だけだが)ツルの勢いだけからすると、ゴーヤより勢いが凄い。

 千代女の句に戻る。
 最初は、庭の隅っこにこじんまりと育っていたものが、七月の半ば頃には、ツルの伸びる勢いに圧倒される。
 無論、日々、朝から日光の厳しくなる前くらいまで、花を咲かせるし、葉っぱも次々と茂らせてくれる。
 そうした葉っぱやツルが、やがて最初は離れていた井戸にまで達し、ついには、釣瓶さえ、絡まれて、うっかり水を汲もうものなら、釣瓶が傾いたりして、水を被ったりする。
 
 朝顔のツルも葉っぱも、九月ともなると、もう立派過ぎるくらいになっている。
 なので、千代女の句も、九月以降の情景を描いたものでは、という解釈の余地もありえる、だろうか。
 小生には、そうは思えない。

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→ 観賞用? それとも緑のカーテン? とにかく勢いが素晴らしい。畑のヒマワリも含め、みんな大輪の花を咲かせている。

 この句の眼目(の一部)は、朝顔の生長の著しさにあるのでり、ついこの間までは、井戸や、まして釣瓶には、朝顔の葉っぱやツルが取り巻くなんてことはなかった…。
 それが、数日ぶりに、あるいは昨日はなんともなかったものが、その翌日に、井戸の水を汲もうとしたら、釣瓶が朝顔のツルに絡まれるほどに一気に育った、その勢いを表現している、小生はそう、理解している。

 さて、「朝顔」というと、つい連想するのが「夕顔」である。
 その辺りのことを、いつか、雑談してみたいが、その前に、実物の「夕顔」を見るのが先なのだろう。
 何処で見ることが叶うやら。

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