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2011/07/15

放射能も吸収するヒマワリの生命力(前編)

 ひょんなことから、そのつもりもなかったのに、庭や畑でヒマワリを育てることになった。
 帰郷した3年前、ヒマワリの種を蒔き、思いがけずに育ったのに味を占め、一昨年もヒマワリの種を蒔いてみたところ、想像以上に立派に育ってくれた。

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→ 畑の隅っこのヒマワリたちも、ついに今日、一斉に開花。

 帰郷した年は、某掃除用具の宅配業者がサービスにヒマワリの種を置いていったのを、捨てるのも放置したままにしておくのも意味がないしと、種を畑の隅っこに蒔いたら、梅雨の終わりから夏にかけて大輪の花を咲かせ、秋口に至るまで、ちょっとさびしい庭や畑をにぎわせてくれていた。

 なので、一昨年も、蒔いたわけである。
 しかし、昨年は、家に不幸があり、家事に追われて、庭も畑も放置状態になってしまっていた。
 ヒマワリどころの内情ではなかった。

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← 車道沿いの花壇に植えたヒマワリ3本のうちの1本が、ついに開花。残りの2本も、開花の兆しがはっきりと見える。

 一昨年の末に、畑や庭から引っこ抜いた、ヒマワリのど太い幹(茎)を捨てるのも侭ならず、畑(や庭)の隅っこに畑などから毟った雑草などと共に、小山にして放置しておいた。
 その雑草の山の中で、ヒマワリの種は密かに(?)育っていたようで、今年の春先になって、用水路の先のドクダミの野や畑の隅っこに、雑草とは思えない、もしやと思える芽が育ってくれたのだった。


 録に植物のことなど知らない小生だが、さすがに雑草ではないようだと、近所の方に尋ねたら、その姿かたちはヒマワリではないか、と仄めかされ、畑の隅っこに群生した、ヒマワリと思しき苗(芽)をそのまま育つに任せ、さらにその中から3本だけ、芽を大切に根っこごと抜いて、南側の車道に面する細長い花壇に植えてみた。
 梅雨間近の頃には、誰が見ても(小生が見ても)ヒマワリらしく堂々と育ってきて、七月に入ると、小生の身長をも超えるほどに育ってくれた。


 近所の畑や庭にも、ヒマワリの群生が散見される。
 それらのヒマワリは、逸早く開花している。

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→ ヒマワリたちを、用水路側から、我が家の作業小屋や母屋などを背後に撮影してみた。

 なのに、我が家のヒマワリは梅雨が明けても、まだ開花の兆しが見えず、小生をヤキモキさせていた。
 それが、先週末、ついに、畑のヒマワリの群生の中の一本が開花した。
 そのほんの数日後たる今日は、群生するヒマワリたちが一斉に開花してくれた。
 やっと近隣のヒマワリたちに名実共に追いついたわけである。


 一時は、我が家のヒマワリは、花の咲かない種類なのか、キウイのように雄と雌が合体しないと開花しないのか、などと悲観したり、悶々としたりしたものだったが、全て杞憂に終わったわけである。

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