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2011/07/23

デジタルな時、アナログな時(後編)

 いずれにしても、デジタルの時代となって、まだ精々10年が経ったか経たないかだ。 けれど、時代の変化がそう思わせるのか、何か社会の雰囲気そのものが大きく様変わりしたように感じられる。

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← マンデビラの花は、パッと開花しては、日にちを経ずして花が散る。が、蕾が次々に開花するので、毎日、一輪か二輪の花が咲いている。今日見た花は、昨日と違い、明日見る花は今日の花とは違う…こともありえる。

 デジタルは、収録の編集を容易にし、高度にしてれた。音を様々に加工して、アナログの時代には期待し得なかった音の世界を切り拓いてもくれた。シャカシャカする例のウオークマンの登場は、音楽を聴くシーンさえも飛躍的に多様にしてくれた。

 が、デジタルは、編集や収録が容易ということは、何か、シーンはいつでも編集や加工が可能であるかのような幻想をも生み出しているように思えてならない。無論、誰も人生はやり直しがきくとは思っていない。一度やってしまったことは、消え去るわけもない。

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→ 父母の一周忌の準備に日々、大童である。仏壇の花も新調し、玄関の花瓶に生ける花もやや豪華なものを選んだ。座敷や廊下もモップで清掃。庭の手入れも大切。多分、誰も庭なんて興味を示さないだろうけど。さて、庭の草むしりをしていたら、見慣れぬ植物を発見。ホウズキのような、不思議な植物だ。

 そうはいっても、一度失敗したからといって、やり直しがきかないわけではない。それはそうだ。挑戦することは極めて結構なことだ。失敗を恐れては何事も始まらない。 

 けれど、人生は、デジタル像(音源でも映像の場面でも)のようには重ね録りも編集で手直しするなんて手法も効かない。その都度、真剣勝負とまで大袈裟に言うつもりはないけれど、その日その日は、一度限りのものだ。その人との出会いは、その限りで終わりかもしれない。その瞬間は、もう二度と訪れないかもしれない。

 一度、現実と化した場面は、常に過去へと潜り込んでいくばかりで、決してこの手に帰らない。過去は消せないのだ。そして、それは今という、この瞬間がいかに貴重でかけがえのないものであるかを意味している。
 ファッションや化粧やライトアップで多少の演出は可能かもしれない。が、化粧の下の素顔の思いまでが脚光を浴びるわけではないし、一期一会である瞬間の厳粛さまでを軽くしてくれるわけでもない。

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← 庭の手入れをしようと、外へ出たら、小生の間近を二匹の蝶々が。アゲハチョウだろうか。小生も驚いたが、蝶々のほうが小生の出現にもっと驚いたかもしれない。ポケットのデジカメを取り出し、慌てて撮影したが、さすがに焦点がぶれてしまった。この二匹は、この一週間、ずっと我が家の庭に生息している。

 写真やビデオに今という瞬間を録っても、それは過去の虚像を今に亡霊のように蘇らせているだけかもしれない。今の空虚さを過去の亡霊という、もっと空虚なる幻影で埋めようとしているだけかもしれない。今をビデオに録って残そうという営みというのは、実は、今という瞬間を肉眼で、裸の心で直面しようとする営みの拒否に他ならないのかもしれない。

 つまり、今をいかに貧困な心で生きているかを糊塗するためにビデオやカメラがあるかのようなのだ。別に断言はしないし、干渉はしないけれど、勧奨もしない。

 生きている瞬間。今、ここに生きている自分やまわりの誰彼が大事。レールを敷かれた先のキャリアー人生も大事かもしれないが、レールから外れて道草をし、足元に生い茂る雑草の強さと可憐さを愛でることは、もっと大事かもしれない。

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→ 我が家の庭に咲く花は、(車道沿いの花壇や畑を除くと)、今は、アガパンサスやムラサキツユクサなど、青色系統のものばかり。曇天の空のもと、なんだか不思議な雰囲気が漂う。

 人の目の解像度というのは、本来優れたものだそうだ。けれども、限界はある。きっと、感性の解像度にも限界があるはずだ。アバウトな感覚の遊びの中に、アナログな雑音と不協和音と沁みと滲みとの混じった感覚の遊びの中に、心のゆとりの余地もあるに違いない。
 かの音楽プロデューサーの話を聞きながら、そんなことを思った。

                            (01/12/19 原作

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