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2011/07/20

朝顔 ゴーヤと競り合うほどに(前編)

 車道に面する花壇に植えた朝顔の生長が頼もしい。
 緑のカーテンを作る名目で苗を植えたものだが、緑のカーテンのほうは、専らゴーヤに任せ、朝顔はどちらかというと、観賞用を目的に育ててきた。

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← ゴーヤと競り合うようにして育っている朝顔。もう、ネットの天辺まで達してしまっている。

 その朝顔の育ちが想像というか期待以上のものがあるのだ。
 尤も、苗は3つ、植えたが、育ちが著しいのは一輪だけで、他の二つのうち、一つはなかなか頑張ってくれているし、ツルも伸びているのだが、残りの一つは、苗のときの大きさに比べ、ようやく3倍ほどに育っただけ。

 しかも、ツルも少々伸びているだけで、今後の成長も、期待していいのかどうか、分からない。

 せっかくなので、「朝顔」を巡って、雑文を綴っておきたい。

 朝顔というと、小生でも浮かぶ名句に、以下がある:

朝顔につるべとられてもらひ水   加賀の千代女

 この句は夏の情景を描いたものか、それとも、秋なのか。

 俳句では、この句の中では「朝顔」が季語で、秋の扱いとなっている。
 でも、この句の表現する情景は、(小生の感覚だと)明らかに夏、それも盛夏、あるいは盛夏間近の頃と感じる。
 というのも、朝顔の生長の度合いの激しいのは、なんといっても、夏、それも初夏の頃だからである。

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→ 緑のカーテンを目当てに育ててきたマンデビラ。なかなか頑張ってはいるのだが、どうやら観賞用と思っていたほうがいいようだ。


 季語というのは、俳句の歴史からすると、陰暦に拠っている。
 なので、「朝顔」というと、秋の季語扱いだが、1999年だったかに、太陽暦を採用することで、夏の季語に変わったとか(この辺り、もう少し、調べる余地がありそう)。

 季語(俳句)上の扱いはどうであれ、上掲の句が夏の情景を描いていることに変わりはないと思う。
 五月の始めごろ、庭の隅に、鉢植えか、それとも地面(花壇)に直接なのか、苗を植え、日々、育ち具合を確かめ、雨が降らない日には水を遣り、成長を見守っていく。
 六月になり、やがて梅雨の頃になると、成長著しい。
 大きくなってきたことを実感する。

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