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2011/06/08

透き間に活路を見出すのは(後編)

 一昨年の日記に「ど根性雑草とは呼ばれない」と題したものがある。

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→ カエデ、だろうか? 縁側のコンクリートの踏み台の段差の透き間に生えてきた。わざわざそんなに窮屈な生き方を選ばなくてもよさそうなものなのに。

 これは、ど根性カエルと、一頃、話題になった「ど根性ダイコン」とを意識しミックスした題名の記事で、道路の亀裂などから生えてくる、執念でもって育つ雑草を話題に採り上げたもの。

 一方、我が家には、雑草ではなく(多分)、カエデなど名のある植物が、縁側のコンクリートの段差の透き間、などから生え出し育っている、そんなど根性草木も見受けられる。
 なんだって、わざわざそんな狭苦しい、窮屈なところから這い出してくるのかと、問い質したくなる。

 その根性や良し、だが、名前(正体)のある由緒正しい(?)植物なんだから、庭のちゃんとした場所に育って欲しいとつくづく思う。

 庭の植物の育って欲しいエリア(縁石などで縁取られて、人の行き来する通り道たる庭とは一段、高くなっていて区切られている)には、ドクダミだけじゃなく、根茎なのか、蔓延る根っこを通じて、庭中に細長い葉っぱだけの、茎の丈夫な草がそこら中に生えて困っている。
 それさえなければ、苔生した庭になり、風情もあったはずなのに。

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← 透き間さえあれば、ちょっとした割れ目を惜しむようにして、植物は育ってくる。これは何ていう植物なのか。

 そうしたすくすくとまっすぐに育つ、花も咲かなければ、葉っぱも枝分かれしないような、味気のない雑草を邪魔だと引っこ抜くと、せっかく苔の庭になりかけていたのが、雑草の根と一緒に苔生した表面の土まで、引っ剥がすことになってしまう。

 そんなエリアにこそ、ど根性植物は芽を出し、育って欲しいのだ。

 尤も、実際には、そうした園としての庭に、いろんな植物は育っているわけで、むしろ、縁側のコンクリートの段差や、昔はコンクリートを敷き詰めた、雑草の生える余地のない庭だったはずが、長年の風雨や炎暑、人の行き来に踏まれ削られ抉られ傷付き罅割れ、コンクリート面が剥げて薄くなっていて、方々にツゲか何かの樹木の若木が顔を覗かせ始めている。

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→ なんだって、こんなところに樹木が生えてきたのだ? 最初の芽が出た段階で、よくぞ引っこ抜かれなかったものだと、感心する。

 明らかに雑草と思えるものは、目が付いたら即座に引っこ抜く。
 そうでなくても、年に最低、二回は除草剤を散布する。
 が、昨年のように法事関係の所要で日々が追われるようになると、庭のことなどかまっておれなくなる。

 すると、人の油断、隙を突くように、アスファルトやコンクリート面の下の土壌から根っこが、根っこの先の茎が伸び始め、出口を捜し求め、固い表面を突き上げ、打ち破り、芽を外界に出す。

 最初は、可愛いし、雑草じゃないようだしと、様子を見守っている。
 十センチも育ってしまうと、今更、引っこ抜いたり、伐採したりもできなくなる。

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← 一昨年の台風で倒れた杉の木の幹(の一部)。その下から…。

 そのうち、コンクリート面など邪魔だとばかりに、下から突き上げ、人の通り道だろうが、そんなことに頓着せず、舗装された面も、家の土台の周辺、縁側の下、駐車場など、あらゆる領域に、さまざまな樹木や草が生い茂ってしまうのだろう。

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