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2011/05/02

芽吹きの春を実感する(後編)

 前稿に続き、我が家の庭での、芽吹きの春の様子を見てもらう。
 父母が健在だった頃の庭には遠く及ばないけど、植物たちの逞しさは、小生の手腕の未熟さを補ってあまりある。


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← 冬の間どころか、つい先月の上旬くらいまでは、枯れ木のようだったこの樹木も(名称不詳)、この一週間余りの間に、一気に青々としてきた。どこにそんな生命力が潜んでいたんだろう。やはり、裸木より、緑の葉っぱに覆われてこその樹木だ。

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→ たぶん、昨年までこの樹木は撮影したことがないと思う。…この先の柿の木や柿の木に止まる小鳥を撮影する際、ついでに写っていたり、茶の間(居間)からの雪景色を撮る際に、写っていただろうけど。名前、知りたい。生態を知りたいし。

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← 『植物の生存戦略』(「植物の軸と情報」特定領域研究班 編 朝日選書) 題名は内容を正しく伝えてはいるようだが、あまりに味気ないと感じる。小生は、「「じっとしているという知恵」に学ぶ」という副題に惹かれて(釣られて)買ってしまった。「植物と動物は地球上で、同じように繁栄している。植物は、「動けない」のではなく、「動かない」生き方を選んで成功したのだ。たとえば、環境を変えるのではなく環境に合わせて体の大きさや形を変えるなど、動かない植物の合理的な生存戦略を紹介する」といった本。過日、「日の下の花の時」なる旧稿をブログに載せたが、花の美の不可思議さ、そして日々、庭や畑の雑草に悩まされる中、植物の生きる逞しさ、強(したた)かさに圧倒されていることもあり、書店で本書を買ってしまった。新刊かと思ったら、3年前の本だった。本書の強みは、日本の最先端で研究する10人の植物科学者たちが10章のそれぞれの章を担当していること。ブログ「『植物の生存戦略』 科学技術のアネクドート」や「書評 「植物の生存戦略」 - shorebird 進化心理学中心の書評など」が、本書の性格をやさしく簡潔に伝えてくれる。


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→ 我が家の自慢(?)のカエデの木の幹の途中から、小枝がニョッキリ育ってきている。

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← カエデの木に咲いていた小花。正直、カエデの木に花が咲くってことに、今年初めて気がついた。なるほど、「カエデ - Wikipedia」にも、「花をつけたカエデ」の画像が載っているが、扱いは小さい。カエデの花に見向きする人は、めったにいないのだろう。カエデというと、紅葉の木という先入観が強すぎるのか。今の時期の、青々とした葉っぱのカエデも素晴らしい。

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→ ツツジの木も、今が新緑のとき。芽吹く新芽。ツツジを巡って、小生は幾つも記事を仕立ててきた。 「「ツツジの季節が終わる」拾遺」 「雨上がりのツツジ」 「躑躅(つつじ)と髑髏と」「路傍のツツジ」などなど。

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← 我が家のツツジも、今は蕾で、開花の日も近そう。昨日、街中を車で走っていたら、既にツツジが全開になっていた。我が家のツツジは、日当たりが悪いからか、それとも、土壌の滋養が貧しいのか、開花が遅い。昨年などは、ほとんど咲かなかった。まあ、開花期の直前に、伸びすぎた枝葉の剪定をかなり大雑把にやってしまったから、咲くはずの新芽も育ちようがなかったのだろうが。

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→ 情けないことに、どの木の新芽なのか、分からない。バラだったっけ? とにかく、庭を掃除や草むしりがてら見回ってみると、今の時期、ほとんどの樹木に新芽が出ている。見ていて楽しい。芽吹きの春を実感する。雑草には悩まされるけれど。

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