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2011/04/14

ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」(前編)

 小生は本書を、昨夜から今日の昼過ぎに掛けて一気に読んで、今、興奮冷めやらぬ状態でいる。小説(そう、これは「ゴールドバッハの予想」などと厳めしいが、れっきとした小説なのだ)を、久しぶりにワクワクドキドキする思いで読んだ。

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→ 我が家の庭の片隅にある小さな木。何の木か分からない。一昨日(12日)、芽吹きが艶やかで、つい撮影。

 この小説はアポストロス・ドキアディスという大学で数学を専攻して、後に映画などの政策・監督・脚本などに携わるという変わった経歴の持ち主が1992年にギリシャで発表した作品である。
 彼は「1953年にオーストリアで生まれ、その後ギリシャで育ち、15歳の時、コロンビア大学で数学を専攻、後にパリの高等学院で数学を本格的に学んだ」と本書の説明にある。結構、本格的に数学を学んだのだと分かる。

 この小説は、「二百年間に渡って未解決の難問(ゴールドバッハの予想)に挑む天才数学者の奇行の生涯を描く物語」である。
 これだけでも、少しでも数学に興味のある方だったら、物語について、ある程度、予想がつくかもしれない(小説そのものは数学的知識が皆無に近くても、十分楽しめるので、安心して手を出されていいと思う)。

 少年の日、数学に目覚め、ある日、数百年に渡って解かれていない問題があると知った時の、密やかな興奮。未だ、己の程度など知る由もなく、もしかしたら自分こそがその問題を解く人間なのかもしれないと思ってしまう。
 大概の人間は、それでもほんの数日か、数ヶ月かで熱は醒めてしまう。学校で出される問題でさえ、碌に解けないことにうんざりしてしまうのである。

 が、中には、数学に限らず、音楽でも絵画でも将棋などでも、学校で出される問題など馬鹿馬鹿しくてならないと感じる少年たちがいる。そうした連中は、自分こそという幻想(一応、幻想としておくが、幻想と決まったわけではない。そうと知れるのは死んだ時、自分に幻滅した時だ、つまり多くが手遅れになってしまった時だったりする)を内心、抱きつづける。

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← 表の蔵の前にある小さな庭。蔵に近いほうは、開花が間もないチューリップ。手前に群生するのは、一体、何なのだろう?

 けれど、そうした才能溢れる連中も、大学などで全国から集まる俊秀・天才の群れに飛び込むと、一気に萎縮してしまう。こんな怪物みたいな連中に伍してずば抜けた成果を上げられるわけがないと自覚してしまうのだ。それ故、何か、未だ解かれていない問題で、手頃な登攀可能な高さの山を目指すようになるのである。
 それでも、まだ、中には天下の俊秀の中でもピカイチの連中がいたりする。野心を棄てきれない連中がいるのである。仮に成績の上で目立たなくても、数学にしても、幅広い分野があり、何処かの分野には、他の連中が手をつけていない、未踏の世界があり、そのルートからだったら、あるいは未征服の山も登攀できるのではと密かに思ったりするのである。

 さて、ゴールドバッハの予想は、フェルマーの最終定理の問題などと共に、二百年以上に渡って解けてこなかった難問中の難問である。多くの天才レベルの数学者(素人であれ、専門家であれ)を打ちのめしてきたのだ。一生を棒に振った数学者は無数だろう。

 だから、多くは、その問題に携わっていると公にすることさえ、控える。フェルマーの最終定理もアンドリュー・ワイルズによって93年(94年)に解かれた。そのワイルズも、誰にも内緒で取り組んでいたのである。いよいよ、解決が成ったと思って初めて、彼は公表に踏み切ったのだ。
 そうでもしないと、誰彼に馬鹿にされるか、ああ、あいつも一生を棒に振るのか、と、同情されてお仕舞いなのだ。つまり、数学者として出世を諦めたも同然の扱いをされるわけである。
 だからこそ、ワイルズは、一人、誰もいない場所に篭って、音信さえ不通にして、頑張ったわけである。

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→ 一週間ほどを費やして、庭や畑の掃除や整地がほぼ終わった。と思ったら、いつの間にやら、先にやった庭から既に雑草が次々と芽吹いている。育てている草木に影響しない通路の土には除草剤を撒いてあるのだが。もぐら叩きだ。


 いずれにしても、才能があり、かつ、野心のある若き数学者は、人生の入り口に立って、究極の選択を迫られるわけだ。そこそこの問題に取り組んで、そこそこの成果を上げて、着実に出世する道を選ぶか、それとも、全く保証のない、イチかバチかの道を選ぶのか、という。
 ワイルズは、その賭けに勝ったのである。

 興味のある人は、サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』(青木薫訳、新潮社刊)を読んでみて欲しい。尤も、数学の好事家はとっくに読んでいるだろう。

 そういえば、昔、読んだ数学の歴史の本で、円周率=πを何処までも計算すうことに生涯を賭けた人物がいたとあった。彼は、数百桁まで計算したそうだが、実は、後になって(彼の死後だったと思う)、計算が途中で間違っていたことが発見されたという。ということは、それ以降の計算は全く、無意味だったことになる。
 彼の人生は一体、何だったのだろう。

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← 内庭に育つカエデもいよいよ芽吹き始めている。土壌には何も栄養となるものを与えていないのに、どうして育つんだろう。


 今ではスーパーコンピューターで数万桁以上、計算されるようになっている。だとしたら、例えば数十桁でも、計算するのは、無意味ということだろうか。それ故に、円周率を3にしてしまえとなったのだろうか。
 あまりに乱暴な話だ。

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