「イヴの卵」とホムンクルスと(後編)
科学は古来より観察が基本といいつつ、それまではあくまで肉眼での観察(と分析、考察)以外になかった。
そこに顕微鏡が登場することで(天体望遠鏡での観察もそうだったが)、肉眼で見える世界のさらに奥に驚異の微細なる世界が現にあることが確かめられるようになった。
「微生物学の父」とも称せられるアントニ・ファン・レーウェンフック(Antoni van Leeuwenhoek 1632年10月24日 - 1723年8月26日)が、「歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物の世界を見」て以来、世界は確かに変わったのである。
「池の水を観察していたレーウェンフックはこれまで誰も報告したことのない奇妙な動く物体を発見」した:
「ステファニー・バレンティン:顕微鏡下の美」
「ロバート・フック ミクログラフィア以前」
「天体が風景画の点景に」
「「天体の図像学」の周辺」
精液の中の精子が観察され、精子の形や数もだが、おたまじゃくし風のアタマの部分も念入りに観察され、生命(の母体・雛形)のどこまでも続くかのような入れ子構造が観察家たちの想像力(時に妄想)を刺激したのである。
それまでは問題にならなかった前成説が蓋然性を高め、俄然、優位に立ったゆえんである。
上記したように「1674年、池の水を観察していたレーウェンフックはこれまで誰も報告したことのない奇妙な動く物体を発見」した。
ただ、発見当初は、それらの動く物体が「生物であるという証拠はなかったが、微小動物(animalcule)と名付けた」。
精液中の活発に動く精子についても、レーウェンフックが発見し、微小動物(animalcule)という名称を与えた(彼は赤血球が血管の中を流れていることも発見している)。
以後、精液(そして精子)についての研究と論議が盛んになった。
(余談だが、そもそも、顕微鏡が発明されるまでは、たとえば昆虫にしても、内部構造などないと多くの人が考えていた!)
しかし、後に後成説が優位に立つにつれて、前成説は過去の逸話、科学の迷い道へと突き落とされた。
ついには、前成説は、ホムンクルス(Homunculus)の思想や歴史(錬金術)と結び付けられるうようになる。
(ホムンクルスという言葉で貶められるようになったのは、今世紀に入ってからだと、本書で著者は書いている。)
→ 今は人の手に渡ってしまった田んぼの成れの果ての畑。その片隅は荒れ放題になっていて、今は土筆(つくし)が旺盛な繁殖力を示して、土筆の野になっている。
ホムンクルスといっても、「古い時代の生物学での前成説において、人間の卵または精子の中に入っているとされた人間の雛形」とか、「錬金術師によって作られる人工生命体」だったりするが、いずれにしても、学的にさげすまされる際の、ホムンクルスが旧弊なイメージ付けに使われた。
小生などは、ホムンクルスなる存在を知ったのは、ゲーテの戯曲『ファウスト』を読み齧ってのことだった。
錬金術のいかがわしい、しかし、神秘性に満ちた研究室のフラスコやビーカーや試験管や、得体の知れない化学薬品に鉱物、苛烈な焔でグツグツ煮え立つ巨大な甕、調合されたフラスコからモクモクとあがる煙。
← 「ドラクロワ画のファウスト」 (画像は、「ファウスト - Wikipedia」より)
そもそも、前成説では、ホムンクルスの出現の由来が説明できない(ホムンクルスという文言自体、前成説派の人々は使わないのだが)。
結局は、冒頭に示した本書の帯にあるように、「入れ子になった人間の無限連鎖」を滔々と説明するしかない。
…しかしながら、では、現代の科学で説明し尽くされたのか。
遺伝子(DNA)というコードに説明が置き換えられただけなのではないか。
そもそも、なぜ、アダムとイブ(雄と雌)との両性が必要なのか。
もっともらしい説明は数々あるが、本当のところは未だ不明のようである。
本書の「エピローグ」にあるように、「結局決着はつかないのか」というのだ。
前成説と後成説との戦いはステージを変えて続いている。
→ 昨年はこの逸れ畑は、何が育っていたのか覚えていない。家のことで目一杯だったから? 今年は、この一角にホウセンカやコスモスを植えてみた。育つかどうか分からないけど。
本書は、内容が実に濃いし、広い。
読了するのに時間を要したが、読後感は充実の一言。
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