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2011/04/18

起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる(前編)

 最近は仕事もだが、家での畑や庭の草むしり作業で忙しく、一月ごろまでのように、週に一度、図書館へ足を運び、本を二冊ほど、CDを3枚、返却し、新たに借りるということができなくなった。
 せいぜい、二週間に一度、図書館へ行ければいいほう。

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→ 春の暖かな雨が降って、表の謎の葉群が開花。名前は分からないけど、とにかく雑草じゃなかった。

 特にCDの返却に窮している。
 本は、夜間でも返却ポストに投じればいい。
 困るのはCD。

 時間に制約のない(夜中でも返せる)返却ポストではなく、直接、図書館のカウンターに返せという。
 CDは特性の布製バッグに収めて貸してくれるのだが、そのバッグに詰めてであっても、返却ポストを使っての返却は禁止となっている。

 が、時間が取れない。

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← ジェイムズ・D・スタイン(著) 『不可能、不確定、不完全 』(熊谷 玲美/田沢 恭子/松井 信彦(訳) 原題:How Math Explain the World 副題:「できない」を証明する数学の力 早川書房)

 ということで、二月の上旬からCDを物色し、借りてきて、あれこれ聞き込むという楽しみがなくなってしまった。
 仕方なく、書店へ足を運び、本を買わず(買えない)、安売りしているCDをちびちび購入している。
 この二ヶ月で既に8枚、買ってしまった。
 一枚、315円なので、小生でも入手可能なのである。

 バッハ、ベートーベン、ショパン、サティ&ラヴェル、チャイコフスキー、ハイドン、バロック特集、ジャズ(で聞くクラシック)の8枚をとっかえひっかえ楽しんでいる。
 読書しつつ音楽を聴くので、歌謡曲を初め、ボーカルの入ったCDは自宅では聞かない(車の中で聞く)ので、自然とこういった選択になる。

 二週間に一度、図書館で借りるとなると、慎重に本を選びたいところだが、せっかくの図書館も、滞在時間は一時間もあるかどうか。
 その中で、二週間をかけて読む本を選ぶのだから、結構、真剣だったりする(でも、時間が限られていると、プレッシャーに弱い小生は、なかなか選びきれない)。

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→ 裏の畑、用水路際の花壇も、水仙が咲き揃い、チューリップが咲く直前。

 自宅で二週間に1冊、営業所などでの車中での待機時間にも本を多少、読んでいて、こちらも、二週間に1冊は読める。

 都合、週に一冊という結果になる。ただし、車中で(の待機時間に)は込み入った本は読めないので、蔵書の中から、適当な本を選んで、ということになり、自然、以前読んだ本の再読ということになる。
 一度読んだ本はあまり繰り返しては読まない小生だが、20年、30年も前に買った本を読み返すというのも、結構、楽しいし発見があるものだと実感させられている。

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コメント

そうそう、CDは返却ポストに返してはいけませんからね。
315円のCD聞いたことあるぞ。
僕はバブルのころに買いあさったCDを売っています、レアものとして高く買ってくれます。
バブルがはじけ、911で世界は変わり、311で日本のあり方も問われる。
お金より肉親や身内の温かみを確認して内向きになる気がー。
それはともかく、本を十年二十年で読み直すと確かに変わりますね。
僕はカントは基本的に宗教哲学だと思っていましたが今思うとカントは「理性の限界内における宗教」という。それはつまり道徳から視た宗教、応報の論理に基づく宗教、本当の意味で宗教とはいえないなと。ヨブ記というのは解釈が難しいけどああいうものが本当の宗教かなと。つまりは善人が報いられるとは限らない。

投稿: oki | 2011/04/18 22:37

oki さん

CDはポストに返却できない。なので、当分、CDは借りられない(貸し出し機関が一週間と短いのも難点だし)。

315円のCDは、ロイヤルフィルの全集モノらしいです。

本、事情がそうさせたのですが、車中では再読の場になりそうです。
二十年ぶり三十年ぶりに読み返すと、感想がまるで違う。
今は、チェット・レイモ著の天文学の本を読んでいます。
こういったサイエンスの本は日進月歩の世界なのですが、著者(天文学者)は文学的膨らみのある文章を書く方なので、内容的にやや古くても、じっくり読めて、再読していて、再発見しているような気分。

カントも、読み返したい書き手ですね。
哲学的に読み込むことは今はできそうにないので、「純粋理性批判」を、小説を読むように楽しんでみたいな、なんて思っています。

投稿: やいっち | 2011/04/20 21:58

こんばんは。
そうそう、ロイヤルフィルの安いですよね。
確かベートーヴェンはレッパードという人が指揮していたんじゃないですか。
石原知事がやっと関西移転を言い出したようですね。
まあ、関西は元気でしょうから。
それより官房長官が毎日防護服で会見していたら、外国から見たら日本は危ない、北海道から九州まで危ないと思いますよ。
美術展も中止、延期、挙句は紙不足で図録がつくれないとかー。
目黒区美術館「原爆を視る」これを延期したのは不可解。

http://www.mmat.jp/

投稿: oki | 2011/04/22 22:00

okiさん

石原都知事、「東京一極集中は好ましくない」といった発言をしたようですね:
http://www.rbbtoday.com/article/2011/04/23/76473.html

リニアの完成で、東京、名古屋、大阪などに首都機能を分散する。
場合によっては、東北(仙台)か九州、北海道だって機能の一端を担っていい。
将来、リニアを北海道から九州(沖縄は無理かな)まで通すことも考えていい。

東日本大震災に続いて、関東や東南海、日本海側にも余震ないし余波の震災が起こりえる(江戸時代の終わり頃、安政大地震が東京で、3年後、北陸で起きたように)。
東日本大地震の影響はあと数年は残りえる。


目黒美術館に限らず、原爆関連の催し物がドンドン中止に追い込まれているようですね。
やはり、東電(などの電力会社)のカネの力は大きいようで、原発の推進の妨げになるような、原爆関連の催し物は、他の美術展の中止のドサクサに紛れて、芽を潰されていく。

投稿: やいっち | 2011/04/23 21:31

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