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2011/01/20

病院で読んだ本(その5)

病院で読んだ本(その4)」の続き。

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← 時には、秋の日の抜けるように高い青空が望めたと感激しても、それは束の間の、ぬか喜び…。

 小生は、土日の外来への立ち入りも解け、利用可能となった月曜日から図書コーナーへ日参していた。
 いいことがあったのは、日参して二日目。つまり、火曜日のこと。

 月曜日に借りて読了した本を返却に行ったときのことだった。


 図書コーナーには、月曜日にはいなかったボランティアの方がおられた。
 その時は、図書の整理をされていた。

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→ ほんの数時間もすると、天候は急変し、冬の北陸特有の曇天となり、景色が一変する。これは、冒頭の内庭を反対側から撮影したもの。

 本を返したら、受付もされているそのボランティアの方が、受付の机にやってこられて、本を借りられた方ですか? と小生に訊く。
 そうですと答えたら、机の上の小さなボックスの中の栞(しおり)を指差し、どれでもお好きなのをどうぞ、と言う。
 それはまさに手作りの栞だった。

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← 『私の名はリゴベルタ・メンチュウ : マヤ=キチェ族インディオ女性の記録』(エリザベス・ブルゴス編著 ; 高橋早代訳 新潮社) 病院でこんな本に出合えるとは。存在すら全く知らなかった。図書コーナーの書棚をブラブラ物色していて、「インディオ女性の記録」というキーワードに惹かれた。「オーパ!」じゃないが、リョサの『緑の家』の影響の一環か。「家族と共同体が犠牲になった大虐殺から、辛うじて逃がれ、国外脱出したリゴベルタは、人類学者エリザベス・ブルゴスを前に、闘いのために習い覚えたスペイン語で、生まれ育った共同体の習慣とインディオの信条を語り、解放闘争に参加することになったいきさつを述べていく。リゴベルタは、パリで1週間を、ブルゴス女史と寝食をともにし、語り続けた。そして25時間の録音テープが残った。それが同女史の手で編纂され、本書となった」といった本。「大虐殺」では、「土地問題をめぐり政府が3000人以上を殺害した」。マヤの末裔の一部族といわれるキチェ族が自ら(の文化)について語るのは非常に珍しい。語ってはいけないという禁忌がある。実際、先住民族の文化を含め、信仰上の肝心な点は最後まで秘密を通したと、自身、文中で何度も述べている。あくまで実際の出来事を叙事している。構成や編集が上手いのか、とにかく読ませる。政府や地主側の弾圧や虐殺・拷問の叙述も当事者ならではの凄みを感じる。もっと世に知られてもいいのでは、と思う。と、なんと、語り手のメンチュウさんは、活動が認められノーベル平和賞を受賞していた。知らないのは小生の迂闊さなのだった。なお、掲げた画像は、図書コーナーで借りてきた本を病床で小生がデジカメ撮影したもの。やや古い本なので(といっても、1987年刊)、ネットで表紙の画像が見つからないかもと、念のため撮っておいた。

 小生は、この日記でも折々書いているように、栞のコレクターでもある。数えたことはないが、集めた栞の数は、百枚はとっくに越えている。
 手に取ってみると、いずれも丹精込めて作られたものと感じる、素敵なものばかり。デザインもセンスが感じられる。

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→ 図書コーナーの受付で貰った手作りの栞(しおり)。快気祝い…じゃないが、無事、手術が終わった祝いのような気持ちになった。嬉しかった。宝物だ。

 十数枚、全て欲しいが、さすがにそうもいかない。
 迷った挙句、結局、一番上にあったのを頂くことにした。

「一番、上のを。縁ですから」と。
 受付の方、「縁、ですか」と小さく、呟いておられた。

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コメント

京都へいらっしゃってたんですね。知ってれば、お見舞いに行きましたのに。
しかし、病院でたくさん本を読まれたようで、羨ましい限りです。弥一氏の読書欲には驚嘆します。
今度京都に来られる時はご連絡くださいね。お茶でも飲みませう。

投稿: 石清水ゲイリー | 2011/01/21 09:33

石清水ゲイリーさん

京都より遠いところにお住まいという理解でしたが、せっかくの機会だったのですね。
ネットなので、予め何処へ行くってことは書けなくて、昨年末の日記で入院をほのめかすのがせいぜいです。

日記にも書いているように、長い治療の一段をなんとかクリヤーしただけで、経過も見て、あと何度かの入院加療も必要の見込みです。


術後の検査が来月にはあるはずです。
でも、生活のほうがやばくて(京都への交通費も負担になっていて)、病院から打診された日に行けるかどうか、おぼつかない。

でも、日程が決まったら、ミクシィ(かツイッター)のメッセージでお伝えしたいと思います。

病院では雑多な読書じゃなく、「失われた時を求めて」か「ドン・キホーテ」とか、何か半端にしか読めていないものを通読するつもりでいたのですが、病院の近所には書店がない! 外出は主治医の許可が要るし、当てが外れた思いです。

まあ、その分、怪我の功名で、普通なら手にしないような本を読めて、有益でもありました。

ホント、体は健常に近いので、ベッドでは読書しか楽しみがないのです(あとは、ナース・ウオッチング!)。

投稿: やいっち | 2011/01/22 09:56

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