古代の東海道沿いに住んでいた
(前略)この辻邦生が高輪に一時期住んでいたということを『海峡の霧』で、改めて認識した。年譜の類いはみたことがあるから知っていたはずなのに、何故か、脳裏を掠めるだけに終わっていたようだ。武蔵野に居住していたというイメージが先行していたのだろう。
← 土屋 光逸 作『高輪 泉岳寺』(木版) 土屋 光逸(つちや こういつ 明治3年<1870> - 昭和24年<1949>)は、「川瀬巴水らと並んで新版画を代表する風景版画家」。
実は、小生も高輪に10年ほど、住んでいたことがあるのだ。だから、本書の末尾の幾つかのエッセイで彼の高輪暮らしが長いことを知り、びっくりしたのだ。長いって、三十年なのである。
高輪は、今は当然の如く、マンションやらビルなどが建っているし、片方は第一京浜、片方は第二京浜が走っている。その国道に面してはビルの立ち並ぶ一角という印象しか持てないだろう。
けれど、一歩、どこかの坂を登っていくと、もう、何か別世界のような住宅街、商店街となる。築、何十年というような住宅が密集する中を狭い路地が縦横に走っている。何代目だろうという理髪店やら蕎麦屋さんやら老舗の御菓子屋さんがある一方、小奇麗なケーキ屋さんなども軒を連ねている。
小生が住み始めた81年当時も、ついこの間までの高輪の風景とあまり変わりはなかった。対この間と注記するのは、近年、地下鉄が通り、その駅が出来たこともあるのだろう、今、巨大な開発の手が高輪の一角に及んでいるため、風景が大きく変貌するだろうことが予想されるからだ。
そうした住宅街の真中を走る道は、それこそ古代の東海道そのものなのである。
旧東海道と誤解しては困る。遠い昔は、旧の東海道は未だ海そのものだった。道は高台を昔は走るしかなかった。それは高い縄手道である。縄手とは、広辞苑によると「田の間の道、あぜ道」や「まっすぐな道」といった意味があるらしい。
恐らくは遥かな昔は田の間の細い道だったものが、古代(有史の頃)にはまっすぐな道に改良されたのだろう。そうした高縄手が訛って高輪となったと物の本には書いてある。
その高輪にちなむ作家として辻邦生は、藤村、透谷、小波などを挙げている。当然、小生は今、そこに辻の名を加えるわけだ…。
→ 土屋 光逸 作『品川沖』(木版) 土屋 光逸のことは小生は全く知らなかった。本稿を再掲するに際し、何か素敵な絵がないかと探していて遭遇したのである。出会いに乾杯!という気持ち。(画像は、二つとも「【浮世絵から現代版画まで】山田書店 Yahoo!オークション店」より)
愛する藤村に因む明治学院も高輪の真向かいの白金台にある。小生は仕事柄、月に何度もその前をとおる。藤村が洗礼を受けた高輪台町教会もあった(ある?)という。 そういえば高輪の近くの某、歴史上の有名人が葬られている寺の住職は、小生の高校の同窓生だというし。
返す返すも情ないのは高輪に住んでいた当時は、そんな由緒の類いを一切知らず、遊び呆けていたことである。今になって、そのツケが回ってきているということなのだろう。
(「辻 邦生著『海峡の霧』をめぐって」(01/12/26)より抜粋。拙稿「浮世絵版画に文明開化:小林清親(前篇)」など参照。なお、この度のブログアップのたった今、本稿を書くに際し参照させてもらった「街道を尋ねて」のサイト主の方(北倉庄一氏)が数年前(平成15)、亡くなられていたことを知った。サイトも閉鎖されているようである。ただ、関連の草稿が、『中世の道・鎌倉街道の探索』や『中世を歩く』(テレコム・トリビュ-ン社)と本の形になっているようだ(品切れ?)。(2010/12/31記))
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