サイモン・シャーマ 著『レンブラントの目』の周辺(承前)
レンブラントというと、「ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義」や「夜警」、「悲嘆にくれる預言者エレミヤ」など、有名な作品は数々あるが、ある意味、それ以上に自画像をこれでもかというくらいに描いた画家ということでも知られているかもしれない。
→ レンブラント・ファン・レイン Rembrandt Harmensz, van Rijn 「アトリエの画家」(1628年頃 25×32cm | 油彩・板) 「17世紀当時のネーデルランド(オランダ)でしばしば描かれていた画題≪アトリエとその中の画家≫を描いた典型的な作品」なのだが、描かれている画家がレンブラント本人なのか弟子の一人なのか定かではない。(画像そのほかは、「レンブラント-主要作品の解説と画像・壁紙-」より)
実際、本書の表紙にも自画像が使われている。
特に、後で紹介する「笑う自画像」の謎めいた笑いの表情などは、傑作の域を超えてニヒリズムの極でもある。
自画像を描くとは、どういうことか。
単なる勉強では(少なくともレンブラントの場合)すまない。自己顕示欲の発露でもあろうが、同時に自分をエゴや醜さを含め、あるいは誇りをも含め、飽くことなく見つめ続ける意思の現われでもある。
絵画の技量において卓絶していたが、決して器用に処世できたわけではなく(処世術に長けようとアヒルの水かきをせっせと生涯、努めたものだ)、むしろ、己の画業の姿勢にこだわり過ぎたばかりに、当代においてルーベンスらの地位を引き継げたやもしれないのに、みすみす我が手から成功を零してしまった、そんなことの繰り返しでもあった。
下世話なフロイト的精神分析を施すと、レンブラントは自虐的も、わざと当時においては売れそうにない表現手法を極めていった、とさえ思えたりする(それでなくとも、肖像画ならともかく、自画像など、誰が買う?)。
著者のシャーマは、レンブラントの画業を、彼の人間的欠点をも含め余すところなく描ききってくれている。
← レンブラント・ファン・レイン Rembrandt Harmensz, van Rijn 「自画像」(1629年頃 15.5×12.7cmほか | 油彩・板) 「レンブラントが生涯に数多く手がけた自画像作品中、最初期の作品として知られる『自画像』」 (画像そのほかは、「レンブラント-主要作品の解説と画像・壁紙-」より)
卑近な(?)例を挙げると、レンブラントは、無類の(絵画などの)コレクターでもあった。それは主に勉強のためであったのは言うまでもないが、財産という意味合いがなかったといえば嘘になる。
その資産も、家財などを含め、生涯苦しみ続けた借金苦の挙句、破産し、家を追い出されたりもしている。
(この辺りの事情など、「高山宏の読んで生き、書いて死ぬ 『レンブラントのコレクション-自己成型への挑戦』尾崎彰宏(三元社)」で確かめるのもいいだろう。)
→ レンブラント・ファン・レイン Rembrandt Harmensz, van Rijn 「フローラに扮したサスキア」(1634年頃 125×101cm | 油彩・画布) サスキアは、レンブラントが溺愛した妻で、ヌードを含めしばしばモデルにした。が、彼女をなくすと、すぐに新しい妻を迎えた。愛人として、モデルとして。 (画像そのほかは、「レンブラント-主要作品の解説と画像・壁紙-」より)
本書は、レンブラントの伝記や評論でもあるが、小説的記述も目立つ。徹底して著者自身の観察眼に基づく記述に満ちている。
それはレンブラントの諸作品の細部を見る、著者の目であり、まさしくレンブラントの目は、かくなるものであったという著者の自信の現われでもあるのだろう。
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