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2011/01/04

サイモン・シャーマ 著『レンブラントの目』の周辺(前編)

 サイモン・シャーマ 著の『レンブラントの目』 (高山 宏 訳 河出書房新社)を数日前、読了した。
 読み通すのに一ヶ月以上を費やした(というか、楽しませてもらった)。

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← サイモン・シャーマ 著『レンブラントの目』 (高山 宏 訳 河出書房新社)

17世紀オランダ、宗教戦争の渦中で育った神童は、どのようにしてルーベンスを越えて超絶芸の画家となったのか。その生涯と時代の全てにせまるレンブラント伝にして絵画論最高の超絶作」というから、まさに、この間、レンブラント(とルーベンスら)の世界にどっぷり浸っていたわけである。

 著者のサイモン・シャーマは、美術史家にして歴史学者で、「1945年、ロンドンに生まれる。ケンブリッジ大学卒業。ケンブリッジ大学およびオックスフォード大学のフェローを経て渡米、ハーヴァード大学でオランダ近代史を教える。現在、コロンビア大学教授」といった経歴の方。
A HISTORY OF BRITAIN サイモン・シャーマの英国史」なるテレビ番組で、脚本と案内役を務めたりなど、多方面で活躍されている。

 訳者の高山宏氏は、明治大学国際日本学部教授で、T・スクリーチ『大江戸視覚革命』(作品社、梓会出版文化賞)などを訳されている。

 奇しくも(?)、小生はT・スクリーチ 著『江戸の身体を開く』(高山 宏訳 作品社)を興味深く読ませてもらったことがある(拙稿「池大雅と富山」や「川原慶賀…シーボルトの眼 ? !」参照)。そう、高山 宏氏の訳である。

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→ レンブラント・ファン・レイン Rembrandt Harmensz, van Rijn 「窓辺の少女」(1645年 77.5×62.5cm 油彩・画布) (画像は、「レンブラント-主要作品の解説と画像・壁紙-」より)

 小生、サイモン・シャーマ 著の『レンブラントの目』 (高山 宏 訳 河出書房新社)を一ヶ月以上もかけてゆっくりじっくり読めたのは、実は小生にしては珍しく本書を図書館で借りて、ではなく、買って読めたからなのである。
 たまたま入手した商品券で実に久しぶりに書店で物色して買った。
 その際、まさに書店で本書を目にし、浩瀚な(しかも、13,000円以上の値段!)この本をためらわず購入した。
 商品券があったから、でもあるが、サイモン・シャーマの本を数年前に読んで、著者の力を思い知っていたからでもある。

 それは、既に紹介したことがあるが、『風景と記憶』(高山 宏/栂 正行【訳】 河出書房新社)で(無論、高山 宏氏らの訳!)である。
原初の森に分け入り、生と死の川をわたり、聖なる山々に登る―人間は風景をどのように見、創りあげてきたか。これまでの歴史学の手法をすべて捨て去り、大いなる小説を読む感動を与える風景論の名著」と銘打たれているが、読書を堪能するとはこういうことかとつくづく実感させられたものだ。

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← サイモン・シャーマ 著『風景と記憶』(高山 宏/栂 正行【訳】 河出書房新社)

 サイモン・シャーマ 著の『風景と記憶』については、格別、書評どころか感想文も書いたことがない。
 というより、ただただ読書を楽しむだけだった。
 ただ、同書に刺激され、主に同書から引用をたっぷりさせてもらう形で、幾つかの記事を書かせてもらっただけである:
ルーク・ハワード(後篇:雲と風景画と)
森の中のフリードリヒ
アルトドルファー追記
アッシャー・B・デュランド
トーマス・コール(後篇:新アルカディア幻想)

 さてと、いつもながら長い、長すぎる前置きはこれくらいにして、ここからが本題である。

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