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2010/12/18

スタイナー それとも原初の単一言語へ(前編)

 図書館へ行き、借りた本は返却し、新たに本を借りる。
 予約でもしていない限り、図書館で借りるべき本を物色する。
 そこには、出会いと同じように、運不運もある。

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→ 我が家の庭の方々に育っている南天の木。冬の雨に降られて、赤い実が一層鮮やかである。「音が「難を転ずる」に通ずることから縁起の良い木とされ、鬼門または裏鬼門に植えると良いなどという俗信がある」とか。鳥たちは、食べるものに窮しても、南天の実は啄ばむことはないらしい。サイトによると、南天の実は鳥の大好物だとあるのだが。

 バイオリズムじゃないけれど、波のリズムに合うのか、次に借りる本が見つかる時は、ホントにすぐに見つかる。
 新入荷本のコーナー(平台)で、それこそ手招きしているかのように、その本がすぐに目に入る。
 目と目が合うってわけじゃないが、題名なり著者名なりの時が多いようだが、時には本の装丁が関心を呼ぶこともある。
 

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2010/12/17

ジュラシック・パーク…恐竜再生(後編)

 鳥類と恐竜との進化上の関係はいろいろ言われてきたし、諸説あった。
 小生などは、羽を毟り取られた鶏(の蒸し焼き)を見て、あっ、恐竜だ! と直感した覚えがある。

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← 日暮れ間近の陽光を浴びる棕櫚。後ろの樹木は泰山木。寒波の襲来直前の光景。ひょろひょろなので、この冬を乗り越えられるか心配である。

 我が家には、昔、庭先にニワトリ小屋があった。
 畑からは野菜を、ニワトリ小屋からは卵を、家々を配達して回る魚屋さんからは魚をゲットし、母の手で食卓に並んだものだった。
 あるとき、死んだニワトリを見た(記憶があいまいだが、台所か台所の外の流し場だったかだったような)。体中の羽が抜け落ちている。丸裸のニワトリ。

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2010/12/16

ジュラシック・パーク…恐竜再生(前編)

 図書館へ足を運ぶと、まずは新入荷本のコーナーをざっと眺め、拾い物(?)があれば、そこで借りる本を選ぶ。なければ、カウンターへ行って、本を返却。ついで、返却本が暫時、並べられている書架を物色。

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→ 過日、とある海辺の脇を通りかかった際、列車の窓越しに撮影。日本海なのか、琵琶湖なのか。

 さらに、新入荷本らしいのだが、ずっと貸し出しする人が見つからない(らしい)本が並べられている書棚を瞥見。
 一ヶ月や二ヶ月では、並んでいる本は変わり映えがしないのだが、つい、習慣で、それに通り道でもあるし、眺めてしまう。

 なんだか、格子窓の向こうの売れない芸妓か何かのようで(といって、江戸時代のそんな場所を通りかかったはずもないが)、可哀想な気がするのだが、小生としても借りる気にはなれない。
 といいつつ、何度も目にすると、情にほだされるというのか、つい借りてしまうこともある。

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2010/12/15

常緑の葉、冬に咲く花

 それにしても、東京の都心という厳しい環境にあって、よくめげることなく木々や花々が育つものだと、無知な自分はひたすらに感心する。というより、圧倒されたりすることもある。
 太陽の光が燦燦と降り注ぐ。その中、緑は濃くなり、幹や茎は伸びあるいは太り、花は思い思いの装いを凝らす。

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← とある川の堰堤にて、一羽の鳥を見かけた。サギ? 実を屈めるようにして川面を眺めていた。

 見て愛でているほうは、ただ陽光をタップリ浴びて、植物は気持ちよさそうなどと思っているだけだが、しかし、よく見ると、日差しは情容赦なく木や花に突き刺さっている。逃げもせず、よくも植物は耐えているものと思ったりする。
 そんなツツジなども、五月も半ば頃となると、さすがに日の光を浴びすぎたのか、淡い紫というか目に鮮やかなピンク色の花も元気を失いかけている。中には茶褐色に変色し、明らかに萎れてしまっているものも見受けられる。

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2010/12/14

宮内庁は何を守っている?

 つい先日、「大田皇女の墓か石室を新たに発見 牽牛子塚古墳  (1-2ページ) - MSN産経ニュース」といったニュースがマスコミなどを賑わせた。

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→ 北海道や北陸など日本海側は、明日(15日)、平野部でも雪…。積雪の恐れもあるとか。それなりに雪吊りもしているけれど、大雪にならないでほしい…。

牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)」とは、「奈良県高市郡明日香村大字越に所在する終末期古墳で」、「国の史跡に指定」されている。 「「牽牛子」はアサガオの別称」だという。
 知られているように、「2009年(平成21年)から2010年(平成22年)にかけての発掘調査によって、八角墳(八角形墳)であることが判明し、飛鳥時代の女帝で天智天皇と天武天皇の母とされる斉明天皇の陵墓である可能性が高まった」古墳である:
牽牛子塚古墳 - Wikipedia

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2010/12/13

魔女狩り(後編)

 彼女の身体検査と剃毛が終わると、拷問が行なわれる。真実を述べさせるため、つまりは、私は有罪ですといわせるためである。それ以外の彼女の発言はみな真実ではなく、また真実とはなりえない。

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→ 「近代精神医学の創始者と目されているピネルが、フランス革命時代に、鎖につながれていた精神障害者を解放」した場面を描いたものというが、不詳。(画像は、「なぜ人々はカルトにハマるのか?②魔女狩りと精神医学:イザ!」より)

 拷問は第一段階のものから、つまり比較的ゆるやかな拷問から始められる。ただし、それは次のように考える必要がある。すなわち、第一段階の拷問は実際のところじつに過酷であって、あとに続く拷問に比べればゆるやかなだけなのだと。そのため、もしそれで自白が得られれば、拷問なしに自白したと称される。

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2010/12/12

魔女狩り(前編)

 信じがたいことであるが、ドイツの民衆のあいだでは、それもとりわけカトリック教徒のあいだで、迷信、ねたみ、嘘、中傷、不平などが蔓延している。そのことを当局者は処罰せず、説教師も叱責せず、そのためまず第一に魔術に関する容疑が沸き起こっている。神が聖書でお戒めしている神罰にあたる行為はみな、魔女が犯しているとされる。もはや神や自然が何事かをなすのではなく、魔女こそすべての出来事の張本人だというのだ。

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← 不詳 (画像は、「魔法の光線 【スーパー戦隊シリーズ前史その63】 戦隊ヒロインBLOG」より)

 そこで、誰もが熱心に叫ぶ。当局者は魔女を取り調べろと(ところが、魔女の多くは、じつはそのように叫ぶ者の言葉から生みだされている)。


 命じられた裁判官たちは当初、どこから着手したらよいか分からない。証拠も証言もないからである。それに良心に省みて、正統な理由なしに事を企てる気にもなれない。
 そうこうするあいだに、裁判官たちは審理を開始するよう何度か勧告される。民衆はこのようにもたついていることこそ怪しいと叫ぶ。そして、諸侯たちは何者かに助言され、民衆とほぼ同様の事柄を確信するようになる。

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