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2010/02/06

「雪掻きあれこれ」という日記

 過日、ブログに戴いたコメントで川端康成の『雪国』のことが話題になった。
 というより、小生が話しの遡上に載せたと言うべきか。
 偶然だろうが、その数日後、新聞で川端康成の『雪国』を一般読者の方がどう理解しているか、幾つかの感想が載せられていて、自分とは解釈が違い、興味深かった。
 生憎、その記事を切り抜いておくのを忘れ、紹介できない。

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← 先週は、こんな青空に恵まれたのだが。

 自分がどのように川端康成の『雪国』を、あるいは主人公を理解しているか、過去の拙稿を探っていたら、必ずしも川端康成の『雪国』を話の焦点にした日記ではないのだが、懐かしい拙稿が検索の網にかかった。
 それは、「雪掻きあれこれ」という日記。
 まだ、東京在住で、その数年後に思いがけない形で帰郷を果たすことになるとは夢にも思わなかった頃の日記。
 父も母も、老いてはいるが、家事やら家の内外の雑事をこなしていた、ほぼ最後の頃の日記でもある。
 この日記を書いた年か翌年、母は急病で倒れ、家事一切からの引退を余儀なくされた。
 その意味でも、今、読み返すと感懐深い日記なのだと痛感させられる。

                             (以上、10/02/05 記)


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2010/02/05

ベリーダンスでお腹からやせる…小生は雪掻きで身も細る

 このところ、NHKでベリーダンスを特集する番組を何度か目にした。
 …というか、自分が好きだから新聞のテレビ番組表を見ると、「ベリーダンス」という文字に目が勝手に焦点を合わせてしまうのかもしれない。

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→  「上原多香子 トルコ ベリーダンス ベリーダンスの心にふれる」といった番組をNHKでやっていた。早くも「上原多香子が出会った、ベリーダンスとアラビアンナイトの国・トルコ。そんな彼女の旅を描き出したドキュメンタリーに加え、日本初!セマのレッスンを収録」といったDVDになっている。ベリーダンスに魅せられている小生、とりあえず録画。「多くのファンを持つベリーダンサー、セマ・ユルディズの元で踊りだけではない、ベリーダンスの世界を学んでいく」というが、テレビでは、「セマ・ユルドゥズ」と表記されていた(尚、本画像は、テレビ場面をデジカメ撮影したもので、セマ・ユルドゥズの若き日の姿)。そのうち、観る。楽しみ。ああ、富山でもライブでベリーダンスショーを観たい!

 正月だったか、「上原多香子 トルコ ベリーダンス ベリーダンスの心にふれる」といった番組をNHKでやっていた。
 それについては、既に「雪の日や背を向けられしは我がことぞ ? !」にて若干、紹介している。
 その記事で載せた画像とト書きを上に再掲した。

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2010/02/04

蛍の光 窓の雪 そして富山の雪

 先月下旬の寒波が去ったことで、積雪の季節は終わったものと(淡い期待ながらも)思っていたが、やはり、自然はそんなに甘いものではなく、二月こそが雪の本番の季節とばかりに、昨夜半から雪模様となり、今日はほぼ週日、降雪。
 日中、勢いが若干、和らいだものの、夕方近くからはまた勢いを増し、外は真っ白な世界。磨りガラス越しだと、外が明るくて、その明るみは暖かさにでも繋がっているかのような錯覚を与えるが、そんなはずもなく、今日の最高気温が一度。

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→ 雪の降る夜は、特に未明ともなると人の気配も消え果て、白銀の世界というより、水墨画の世界だ。音が雪に吸い込まれるらしく、沈黙の世界でもある。

 雪は、天性の演技力を持つ美人の女優のようだ。
 時に見た目には綺麗で美しくて優しげで、悪さなど似あいそうにない。
 しかし、何かの折に逆鱗に触れると、本性(?)を現し、牙を剥き出しにし、酷薄なまでに人の身心を凍て付かせる。
 雪は遠目に眺めているほうが、そう、分厚いガラス窓越しに、温泉にでも浸かりながら眺めたほうがいいのか、村々と沸き起こる何処か懶惰(らんだ)でもある居心地のいい幻想に浸っていることができていいのか。
 …でも、そういうわけにもいかない。
 つい、まあ、温泉のはずの熱湯に心身ともに蕩け去り焼き焦げ、身を誤ってしまう。
 それでも、そのほうがいいって思わせるのだから、やはり雪の魔力には叶わない。

 今朝というか未明に雪の中を仕事していたら、ふと、何年か前に書いたエッセイを思い出した。
 ラジオで「蛍の光」の曲を聞きかじって、脳裏の中でずっと響き続けていたらしい。
 我輩、どうも、この歌を聴いたり歌ったりすると、目頭がジーンと来る。
 自分で思っている以上に中学とか高校時代が懐かしいのだろうか。


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2010/02/03

今日は愚痴っぽく

 東奔西走っていうほど大袈裟な話じゃないが、母が入院していることもあり、ほぼ毎日、病院へ。
 見舞いやら必要な品物を届けに行くし、今日などは母が治療で気が弱っていることもあり、昼の食事の介添えというのか、介助に行ってきた。

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← 北陸には珍しい、快晴。立山連峰も堂々たる雄姿を見せてくれた。

 病院だから、看護師さんたちが居るが、自力で食べることの出来ない患者さんが多く、昼の時間帯では個々の患者には対応しきれない状態。
 家族が食事の世話ができるなら、できるだけ手伝ってほしいなんて、言われてしまう。
 なんのための入院なのか分からないが、親戚筋の者にも手伝ってもらったりして、あれこれするしかない。
 家族が付き添って食事の世話をすると、親身ということもあるのか、時間をかければ、だが、母は出されたメニューを全部、食べてくれる。
 看護師さんたち(?)には、個々の患者にそんなに時間を使うわけには行かないのだろう(…か)。


 

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2010/02/02

ひょんなことから『ミドルマーチ』へ

 過日よりジョージ・エリオット著の『ミドルマーチ』を読んでいる。
 なかなか時間が取れなくて、借り出してから十日余りで、読めたのは、まだ全体の4分の1ほど。
 内容もだが、量的にもトルストイの『アンナ・カレーニナ』に匹敵するほどの大作である。多分、今月いっぱいを本書に費やすことになるだろう。
 新聞などの書評欄を見たりすると、読みたい本が次々と出てきて、目移りして困る。

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→ ロバート・ブラウン(Robert Brown) (画像は、「ロバート・ブラウン - Wikipedia」より)


 それでも、一ヶ月を上掲書に傾注するのだから、まあ、それだけジョージ・エリオットに魅了されている、ということでもある。
 ストーリーがどうこういう段階にはないが、とにかく、人間観察と心理への、洞察力の鋭さ深さは、ある意味酷薄なほどで、さすがにシェークスピアを生んだ国だけのことはある。

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2010/02/01

断言の世界

 今朝、長い夢を見た。
 うんざりするほど長い、長い夢だった。
 が、目覚めた瞬間、全ては潰え去った。
 胸騒ぎだけが夢を証していた。

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 夢は曖昧模糊たるものなのだろうか。
 違うのではないか。
 思い出し掴もうとするから、指の透き間から零れ去る、でなければ雲か霞と化す、あるいは地上に落下した豆腐のようになってしまうのだろう。
 夢の中では、全てが確然としている。
 何かが確かにそこにある。
 現実の中では叶わない、断言の世界がそこにある。

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2010/01/31

「やいっち純情句集」より

 今日は趣向を変えて、小生が数年前から嗜んでいる(?)句作なる営為から、初期の作品を幾つか紹介する。
 種々雑多な句の数々をアトランダムに。
 ツイッターで紹介したが反響は全くなかった!

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← 数年前、偶然、小生が目撃した真夜中に活躍するサンタさんの光景。配達するのって大変だよね。

 句と言いながらも、俳句でもなく川柳とも呼べず、標語のようでもあり警句にはピシッと来る感が足りない、サラ川と言い張るには経験不足の感が否めない、そんな宙ぶらりんな世界。
 まさに小生の中途半端な性分丸出しの句境(苦境?)を現すかのようでもある。

 ま、詠み手へのサービス精神より、作るのが楽しいってことだ。

 念のために断っておくが、文末の註を読んでおいたほうがいいかもしれない(読んでも意味はあまりないが)。

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