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2010/09/18

林真理子著『南青山物語』の周辺

 ひょんなことで旧稿である「林真理子著『南青山物語』の周辺」(01/10/17)を読み返す機会を得た。
 事情はともかく、何か切っ掛けがないと、9年前に書いた拙稿など再読はしない。
 表題(だけ)を見て、きっと小生がタクシー稼業をしていた頃の一時期、青山を仕事の根城にしていた…だから、遊びの場ではなく、あくまで仕事の領分に留まっていたとしても、それなりに思い出のある地域・青山を巡るエッセイを綴っているものと思った。
 しかし、読み返してみると、まるで違う。

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← 林真理子著『南青山物語』(角川文庫)

 やや、深刻めいた話を書いている。
 せっかくなので、冗長な文章でもあり、全文はともかく、一部だけブログに再掲しておく。
 こんなことも書いたことがあったなー、という感。
 今、同じ主題で書いても全く違う論調になりそう。
 というより、書く意欲…気力が湧かない!

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2010/09/17

床の間に水墨画

 近々の親戚の方の里帰りに向け、今日も準備を。

 トイレも含め掃除の類いは大よそ昨日までに終えたので(先週末の親戚の者の突然の不幸で、週初めまでは庭や畑の手入れを十分にできなかったのが残念)、今日は、延び延びになっていた墓掃除。
 遅くとも昨日までに終えておくはずが、このところの天候不順で予定が狂ってしまった。

 四十九日の法要(納骨法要)に向け、念入りに掃除(清掃)は済ませてある。
 が、その後、お盆があったり、月命日のお参りをしてもらったりして、幾分なりとも汚れてしまう。
 蝋燭や供花とか線香で汚れているのは、別に汚れとは言わないのだろうが、そうはいっても、墓参される方、しかも、十数年ぶりのお参りとなると、気持ちよく参ってもらいたいもの。

 2リットルのペットボトルを3本、箒とチリトリ、ゴミ袋、墓石にこびり付いているだろう溶けた蝋を掻き削る金具などを自転車に積んで、いざ出発。

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2010/09/16

喪明け

 9月13日、喪が明けました

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網戸も用済みになり

 昨夜来の雨のせいか、日中も曇天で時折雨が降ったりしたこともあり、今日の冨山の最高気温は25度。
 一頃の暑さはウソのような涼しさ…というより寒いくらい。

 あの猛暑が続いたら、夏が過ぎ去ったあとも、秋の到来はあるのか、来ても束の間で、長期予報にあったように、あっという間に秋の終わり、そして冬の到来となるのか、そんな心配もしていた。
 いかにも秋らしい爽やかな陽気には程遠いけれど、とりあえず、夏は終わった、それだけでもありがたいと思うべきなのか。

 季節はどうであれ、人の生活は天候や気温などに応じてドンドン変わっていく。
 真夏だと、朝方の涼しい(少しは暑くはない)時間帯は、窓を開け、少しでも外の風を家の中に呼び込もうとする。
 家の中を風が吹き抜けて、夜のうちに篭った空気を入れ替えようとする。

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2010/09/15

里帰り

 我が家は、父の祖父の代に我が家にとっての本家から、多少の田畑を貰って分家した。
 我が家どころか、近隣一体は、江戸時代は赤祖父家の土地だったらしい。

 赤祖父家については、まだ調べたことがないが、富山城に別名・赤祖父門があるほどの家柄のようだ。
 家老職にあったとも仄聞しているが、まだ確認が取れていない(典拠に当たっていない)。

 江戸時代のある時期、城の殿様に命じられ、冨山城の北側の一角に広大な(家老職のものには当たり前のものか)土地を与えられ、高岡(砺波)のほうから移ってきたという。
 冨山県には、赤祖父川や赤祖父山、赤祖父ため池(赤祖父池ダム、赤祖父湖)、赤祖父レイクサイドパーク など、特に砺波や高岡市を中心に、赤祖父にちなむ地名や施設がいろいろある。
 なんと赤祖父夏まつりもある!

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2010/09/14

ラッセル『数理哲学入門』を読んだ頃

 数日前に書いた、表題と内容が思いっきり懸け離れている(かのような)日記「美人は気配だけでも美人と分かる ? !」にて、この数ヶ月(恐らくは倭が親族で不幸続きだった間)、何故か数学の本を読み漁る熱が続いていると書いている。
 数学も数式も苦手なのだが、好きなものは好き。
 相手にされなくても美人が好きで、傍に…は無理でも、その雰囲気でも味わいたいようなものか ? !

 小生が数学…というより、算数あるいは初歩的な幾何学に惹かれるようになったのは、多分、中学生の頃。
 すぐに自分の能力のなさに愕然としたわけだが、でも、好き熱、数学への片想いの念は高校生になっても、いや、理系の勉強はキッパリ諦めて文系の道に迷い込んでしまった大学生になっても続いた。
 
 否、それどころか、今も続いている!

 高校生になって、たまたまなのか、B.ラッセル著の『数理哲学入門』を読んで、その解説などを通じて、数学を記号論理学へと収斂させようという試みがあったことに驚いたものだった(信じられない、成功などしてほしくないという思いが強かった記憶があるが)。

 せっかくなので(?)、ラッセル著の『数理哲学入門』を読んだ頃の思い出を書いた雑文があるので、ブログに載せておく。

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2010/09/13

自分本位へ徐々にシフト

 今日、母の喪明けである。
 晴れて、肉食ができる!
 
 が、そんな時に暗雲が。
 翌日を母の四十九日を迎えるという土曜日、父の姉が永眠され、日曜日は通夜、今日月曜日は葬儀だった。
 どちらも恙無く終わったのだが(当然、小生は今回は会葬者の一人に過ぎなかったのだが)、親戚筋の不幸が続くというのは、湯鬱なものである。

 年代はどなたも80歳以上で、土曜日に亡くなられた方も、今年米寿となられたわけで、天寿を全うされたと思えるだけでも、辛さは少しは和らぐ。

 暗雲の一つは、歯の治療。
 週に一度しか予約できず、治療は遅々として…。

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2010/09/12

扇風機のこと

 ようやく、明日、父母の四十九日が明ける。

 この夏、我が家やその周辺では扇風機が大活躍である。
 猛暑の夏だったから、そんなこと当たり前。
 そう言われれば、その通りである。
 ただ、若干の我が家(我が一族)なりの事情がある。
 というは、我が一族では、今夏、不幸続きだったのである。

 我が父母がこの七月、相次いで亡くなった。
 ついで、八月冒頭に母の妹の御主人が永眠。
 今月になって、父の姉が亡くなった(その外、我が家の近所、というより隣りで二件、不幸が重なっている)。
 
 通夜や葬儀は、所定の会場で行なうが、その前に、病院から戻った遺体は、その方々の自宅へと帰る。
 その家の座敷などで一晩を過ごし、翌日、納棺の儀を執り行って通夜の会場へ運ばれていく。
 
 最初の晩(早ければ昼間)、亡くなられた方の家へ、まずは弔問に赴く。
 体外の家には、少なくとも座敷にはエアコンなどない。

 座敷の縁側の窓などが開放されているが、下手すると熱気が進入しそうで、弔問客の火照った体を(ほんの気休めでも)冷やしてくれるのは、扇風機である。
 2台、あるいは3台の扇風機がフル活動である。

 猛暑の夏にあっても、エアコンのない家は少なからず、あるのだろう。
 しかし、一旦、エアコンの恩恵を覚えたからには、扇風機頼りというのは、実に心許ない。
 
 そうはいっても、扇風機しか頼るものがないとなると、ファンの回る扇風機の風が折々に吹いて来て、背中などをほんの一時、涼しさの気配を覚えさせる、その有り難味を思い知るのである。

 ということで、せっかくなので、旧稿だが、扇風機について書いたエッセイがあったので、その一部を再掲させてもらう。

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