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2010/01/23

虚構というロマン

 自分が数年前に書いた日記を探していたら、目当てとは違うのだが、ちょっと懐かしいエッセイに行き当たった。
 創作熱が昂ぶっていた頃の、自分でも気恥ずかしくなるような内容であり文調である。

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→ 買物帰りに近くの公園を見たくて遠回りしてみた。すると、その反対側にある田圃に目が止まった。積もっていた雪が一時的な寒気の緩和で溶けて、「稲孫(ひつじ)」の田となっている光景なのである。

 ほんの数年経っただけなのだが、今では到底、書けそうにない気がする。
 その意味で少なからざる感懐を以て読み返すことになってしまった。
 生活に疲れたというわけではないが、涸れ果てた心が少しは癒える日が来るのだろうか。
 といっても、当時にしても案外に醒めている面もあって、今はそのエアポケットの一番、深いところに嵌まっている状態ということなのかもしれない。
 問題は、そこから這い上がることが出来るのかどうか。
 あるいは現状が実は楽だし居心地がよかったりするのでは、なんてことも思ったりする。

                            (以上、10/01/22 記)

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2010/01/22

いろんな意味での可視化・透明化を ? !

 四方田犬彦著の『白土三平論』(作品社)を読んだ。
 白土三平の漫画は、ほかのどんな本や自らの体験より自分に影響を与えたような気がする。
 井の中の蛙(かわず)状態の中高生の小生に、広い世界への窓を齎した方でもあった。

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← 四方田犬彦著『白土三平論』(作品社)

 せっかくなので、この労作を読んでの感想文を書こうかと思ったが、自分がいかに白土三平という巨峰のほんの一端をしか知らなかった(読まなかった)かを思い知らされ、断念。
 小生の中では白土三平は伝説の人だったが、現在『カムイ伝 第三部』を構想中と、現役バリバリであることも判明して、自分の不明を愧ずるばかりである。
 尤も、「白土三平 - Wikipedia」を覗いてみても、一定の世代のものなら多くのものが読み漁った範囲の情報しか載っていない。
 確かに、「『忍者武芸帳』に世界観を学び『カムイ伝』に自己同一化した60年代」ってのが、白土三平の世間の中での日向時代ではあるが、彼の画業はそれだけに留まらないのだと思い知らされた。
(決して瑣末なことではないはずだが、作画にしても、白土三平だけではなく、時代によって、弟の鉄二をはじめ、小島剛夕、小山春夫、楠勝平らが担ったりしている!「赤目プロ」参照)

 ということで、今日は、日頃、やや内向的なことばかり日記に綴ってきた小生だが、政治も含め社会問題にも関心を持っていることを示す意味でも、若干、毛色の違う日記に仕立ててみた。

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2010/01/21

今日は久女忌

 今日21日は明治~昭和期の俳人・杉田久女(すぎた ひさじょ、1890年(明治23年)5月30日 - 1946年(昭和21年)1月21日)の忌日だという

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→ 春の陽気に恵まれた今日、鳥の姿も何処となくのんびりしているように見える(茶の間の窓越しの撮影なので、画像がぼやけている)。

日溜まりに鳥の背中の温みけり   (や)

 本ブログは少なくとも当初は季語随筆を銘打っていながら、杉田久女についてはほとんど採り上げたことがない
 段々、季語随筆から離れ、季語随筆日記と銘打ち、ついには「季語随筆読書創作愚痴日記…富山情報も」などと、何でもあり、つまりは雑談ブログと化してしまった!

 せめて今日は、久しぶりに俳句関連の話題を綴ってみる。

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2010/01/20

数学の歴史から「この世ならぬもの」を想像する

 加藤文元著の『物語 数学の歴史』(中公新書)を読んだ。
 物語と銘打ってあるが、随所に出てくる数式などを読解するには大学の数学科に在籍する学生でもちょっと無理で、大学院レベルの素養と訓練などが必要だろう。
 それを高校三年の夏に理系への進学を断念した小生が読むのは無理がある。
 でも、雰囲気は楽しめる。

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← エッシャー(1898-1972)『滝』 (画像は、「Nikon 光と人の物語 脳がつくる見る世界」より。エッシャーについては、拙稿「 ケルト…エッシャー…少年マガジン」や「エッシャーの迷宮に今目覚めけり」などを参照願いたい) この絵が本書でどのような意味を持つものとして示されているかは、拙稿「加藤文元著『物語 数学の歴史』から数学の凄みを知る」を参照願いたい)

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2010/01/19

未明の空の星影に想う

 昨日、そして今日の未明、星空だった。
 満天の星空というわけではないが、夜空に星が見えた。

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← 冬のとある日の夕刻の光景。

 …ただそれだけのことである。
 でも、気持ちの上ではあまりに久しぶりに思えて、感激に近い戦慄が胸中を突き抜けた。

 冬の北陸の空は、曇天が日々当たり前のように続く。

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2010/01/18

つらつらツララなど眺め入る

 デイヴィッド・リンドリー著の『そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命』(阪本 芳久【訳】 早川書房)を読んだ。

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→ 今日になって寒気が緩み、少し雪解けが進む。御陰でツララが見事に。右奥の倒木は、昨年秋の台風で折れた杉の木の幹の残骸

 本書は、「世界を揺さぶった不確定性の概念と、それをめぐる著名な科学者たちの人間ドラマとをみごとに描き出した、渾身の科学ノンフィクション」といった本だが、小生は、図書館で本書をパラパラ捲って、その冒頭の一節を読んで借りることに決めた。

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2010/01/17

1995年の二つの事件

 15年前の1月17日という今日、阪神・淡路大震災が発生した。
 この未曾有の震災と、同年に発覚したオウム事件とが小生のその後の生き方に大きく影響した。
 影響したというより、自覚を促した、というべきかもしれない。
 その大よそのことは、数年前、本ブログにて書いている

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← 過日、所用があって、ネコちゃんたちの居る家へ。久しぶり!

 要点は、以下に尽きる:

 小生は、実はタクシードライバーになるかどうか、94年の後半から考え出していたが、迷いもあった。
 が、迷いを断ち切ったのが阪神・淡路大震災であり、さらに止めを刺したというか追い討ちを掛けられたというか、背中を押されたような気分にさせられたのがオウム事件だった。
 世の中には何でも起こりえる。人間の想像力など圧倒する出来事がありえる。
 決めた! オレは書くことに生活の焦点を置く。生活費はタクシードライバーという仕事で得る。
 人生は一度限りなのだ。何がどうなろうと構わない。好きなことに徹底するのだ。

 タクシードライバー稼業も辞めざるをえなかったし、必ずしも思い通りにはなっていないけれど、決心という意味ではいささかも変わっていない。
 自民党によるあまりにも長い一党支配の歴史も昨年、終焉した。
 世界も激変しつつある。
 世界も日本も漂流している。その行方は未だ誰にも見えていない。

                          (以上、10/01/16 記)

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