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2010/03/13

オオカミは獰猛な害獣です…か

 オオカミというと、すぐに相手構わず襲い掛かる獰猛な動物というイメージが濃厚に浮かんでくる。
 今となっては、そんな虚像を覆すことなど、至難の業と思えるほど、そのイメージが我々の脳裏に深く刻み込まれている(と小生は思う)。

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← 「ニホンオオカミ終焉の地碑石像」 (画像は、「ニホンオオカミ - Wikipedia」より)

 昨日の日記「里山の復活はいいけれど」にて、小生は軽率にも、「アメリカでは、オオカミをイエローストーン地区に再導入すべきか真剣に論議」され、実際に導入されたが、日本ではそんな<暴挙>は論外で、「シカやイノシシを一定の数にまで減らすには、オオカミを導入すべし、なんて発想は日本では決して浮かばないのだろう」などと書いてしまった。

 しかし! 

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2010/03/12

里山の復活はいいけれど

『絶滅した日本のオオカミ』より」を相変わらず、続けている。
 まあ、個人的な関心から、ではあるが、環境問題や絶滅を危惧される生物たちのこと、そして、里山の復活を構想する方にも無関心ではありえないと思う。
 クジラの問題で、軋轢が生じている。
 小生としてもいろいろ思うところがある。
 ガキの頃、クジラの竜田揚げを楽しみにしていた思い出のある小生としては、暴力的に捕鯨を邪魔されることに怒りを覚える。

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→ 「二胡奏者チェン・ミン(Chen Min)」 過日より、図書館で二胡奏者チェン・ミンさんのCDを何度となく借り出しては聴いている。と思ったら、今月初め、タイムリーにもNHKテレビでゲストとして迎えられていて、その活躍の一端を知ることができ、嬉しかった。 「Chen Min チェンミン 公式サイト (画像は、NHKテレビでの一画面)

 それはそれとしても、海外では驚くべき試みがなされていることも事実なのである。
 アメリカでは、オオカミをイエローストーン地区に再導入すべきか真剣に論議された。
 それだけなら、環境保護活動に携わる人たちもいることだし、構想(机上の空論)として、ありえないことではないだろう。

 驚くことに、反対はあったにしても(多くはハンターら)、実際にオオカミをイエローストーン地区に再導入され、順調にオオカミの頭数が増えているという。
 
 里山を復活すべしと小生も思う。

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2010/03/11

トキの代わりに水鳥を愛でし

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← 昨日、お昼頃から雪が降り出し……と思う間もなく、一気に雪化粧。厚化粧にならなくて助かったが。

 本日(10日)の午前、朝食の片付けを済ませ、雪掻きをしつつ、空模様をじっと睨む。
 自転車で外出は可能かどうか。今は小止みだが、雨か雪が降りそう。
 でも、一時間は激しい降雨にも降雪にもならないだろうと、思い切って外出。

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2010/03/10

『絶滅した日本のオオカミ』より

シートン著『オオカミ王 ロボ』の読後感のほろ苦さ」にも書いたように、ひょんなことから、とても懐かしい物語、シートン著の『オオカミ王 ロボ』を読む機会を得た。
 そして絶滅寸前に追いやられた北米でのオオカミの歴史と先住民の悲劇の歴史を重ね合わせたりしていたら、数日もしないうちに、新聞の書評欄でブレット・L.ウォ-カ-著の『絶滅した日本のオオカミ』(浜健二訳 北海道大学出版会)なる本の存在を知った。

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→ 前日の天気予報で雪マークが出ていたが、どうせ山間部のことだろうと高を括っていたら、平野部もしっかり降雪、積雪。とうとう雪掻きをする羽目に。これでも気象庁は今冬は暖冬だと言い張るのだろうか。


 あまりにタイムリーな本の登場!

 本書については、紹介したい記述があまりに多く、簡単な感想文を綴るだけでは済まないという気になってしまった。
 テレビで坂本龍馬が脚光を浴びている。小生も司馬遼太郎の原作は若い頃、胸をときめかせて読んだものだった。
 しかし、日本が近代化を進める半面で、いかに多くのものを切り捨ててきたか、決して裏面史ということではなく、正面切って考える時期に来ていると思う。
 本書がその好機になるし、実際、必読の書だと痛感している。

 そこで、下手な紹介記事を書くより、本書の「エピローグ」から断片的にでも著者の肉声を転記することで、著者の本書を通じてのメッセージを紹介したい。

 以下、数回に分けて筆者による「エピローグ」の文章を掲載する。
 本書の粗筋的なものになるが、それでも一読に値すると思う(その前に本書を読んでもらいたいが)。
(転記文中の()内のイタリック体の文字は小生による注釈であり、それ以外の()内の文は筆者によるものである。)

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2010/03/09

蔵は名のみの風の寒さや~!

 蔵と聞くとリッチそうだし、外見は遠目には立派だが、トタン(?)葺きの下の土壁はボロボロ。
 窓のある面の土の壁には、戦争中、空襲を受けグラマンか何かの戦闘機の機銃掃射を受けた弾痕が残っている…はず。
 子供の頃、抉られた痕の生々しさを実感したものである。

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← 庭先の梅の木越しに我が家の蔵を撮る。

 母屋は富山大空襲の際、全焼。
 蔵も、壁など骨組みは残ったものの、中は全焼。
 明治の頃からの朱塗りの茶碗をひと揃え、田圃へ持ち出すのがやっとだったとか。

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2010/03/08

富山は…雨の心配のない日は少ない

 この数日、テレビドラマか何かの影響だろうが、「止まない雨はない」というキーワードでの検索で、既に古くなっているはずの我がブログの頁がしばしばヒットされてしまう。
 その頁というのは、「止まない雨はない」なのだが、チラッとでも覗いてもらうと分かるが、内容はドラマとはまるで関係のない、言葉遊びに終始する頁である。
 よって、意味なしと看做され、さっさと頁を消されてしまう(他のサイトへ移られてしまう)。

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→ 昨日(6日)の束の間の雨の切れ目に庭に出て、梅の木に咲いた花を撮ってみた。

 雨つながり、というわけではないが、ずっと昔のこと、中学か高校生だったころだと思うが、雨を巡って<議論>したことがあったな、と思い出した。

 それは、雨の日、某所から目的地まで行くのに、歩いたほうが濡れないか、それとも走ったほうが濡れる量が少ないか、という他愛もないもの。
 …議論というほど大したものではないが、若かったこともあり、段々、むきになってしまって、互いに顔を真っ赤にさせたまま、しばらくは無言になったような(…それとも、喧嘩別れしたのか、あるいは、他の話題にさっさと移ったのだったか、はて)遠い記憶がある。

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2010/03/07

春の憂鬱の正体は?

 昨年11月だったかに出された気象庁の長期予報によると、今冬は暖冬の見込みだという話だった。
 が、実際は、あにはからんや数回にわたる寒波の襲来で、例年にない積雪を何度も記録したし、九州は大分などでも降雪の日があった。
 当然、予報は外れでした、今冬は本格的な寒さに苦しんだ年でしたと訂正というか、お詫び(?)の一言があるものと思っていたら、とんでもなくて、それこそ、あにはからんやで、今冬はやはり暖冬だったと気象庁は昨日、言い張っていた。

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30年に1度以下の異常気象=「北極振動」で北半球に猛寒波-気象庁検討会(時事通信) - goo ニュース」といったニュースもあり、世界的には、猛烈な寒波に襲われた年であり、日本にも何度か寒波の襲来があったのは事実だが、一方、日本については、エルニーニョ現象の影響で、比較的暖かな日が多かった、というのである。

 うーむ。
 理屈はそうなのかも知れないが、なんとなく、平熱より体温の異常に低い日が何度もあったが、全般的には平熱より高い日が多かった、ならしてみると、平熱よりやや高めでしたと、言いくるめられているような気がする。
 体感的には、寒暖の差が激しく、且つ、寒波の襲来に悩まされた年、なのである。

 それでも、徐々にだが春の兆しは訪れつつある。
 庭の草木も芽吹いたり花が咲いたりしている。

 今日6日は「啓蟄」たと、今朝、ラジオでその話題を聴いて、初めて気がついた。

 春の陽気の到来…(尤も、富山は明朝は氷雨が雪混じりになる恐れもあるというのだが)。
 寒さにめっきり弱くなった自分としては、嬉しいようでもあるが、単純には喜べない。
 鬱勃たる春の陽気の温みに反って体が拒否反応のような妙な反応を示している。

 いつ頃からそんな捉えどころのない感覚を抱くようになったか、分からないのだが、数年前、その辺りの微妙な体感を書いた日記があるので、少なくともその頃には、陽気の変化にスムーズには追随できない自分の体に気付いていたものらしい。

                            (以上、10/03/06 記)


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