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2010/12/10

孤高の人・高島野十郎

 小生の好きな画家・高島野十郎についての本が一昨年、出ていることは知っていたが、機会があれば買って読みたいと思いつつ、手元不如意の状況に変化が来ることはなく、しかたなく借りて読んだ。
 
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← 川崎 浹【著】『過激な隠遁―高島野十郎評伝』(求龍堂) 一昨日の日記「寒菊の身を寄せ合へし輪の恋し」に載せた玄関の生け花。その壺と比べる? 

 その代わり、読む以上は、特別な機会に、と思っていたら、絶好の機会(?)が訪れた。
 かねてより、京都の病院に検査・診断・診察に通っていたが、ようやく診察結果が下されることになり、またまた京都へ向かうことになったのだ。
 その列車の友として、本書を携えていったのである。

 高島は画家であり、その絵画をジッと眺め入ればいいわけで、伝記で彼の人生を知って理解を深めるというのは、疑問なきにしもあらずかもしれない。それでも、遅れてきたふがいない弟子として、彼の傍にひと時でも居らせてもらうつもりで往復の列車の中で読んだり絵やノートなどを眺めていた。

 実際、高島野十郎(1890-1975)については、下記するように大よそのことは既に呟いている。
 
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→ 京都の病院の館内壁面に飾ってあった絵。再見。

「著者・川崎浹は60年代学生運動のバイブルとなった『テロリスト群像』を翻訳した日本を代表するロシア文学研究者」だというが、小生には、遠い昔、ロープシンの『蒼ざめた馬』を読んだことがあるが、その訳者がこの著者・川崎 浹だということで、はっとした。
「24歳の著者が64歳の野十郎と運命的な出会いを果たし、年齢差を超越して思想、人生、芸術を熱く語りあった20年の歳月」という、高島ファンには、実に羨ましい経歴を持っておられる。


 本書では、テロ思想や運動との絡みは見出せず、それより、禅など仏教的な求道心の面に光を当てているのが顕著。だからこその「過激な隠遁」なのだろう。高島が嘱望された水産学への道を自ら捨て、絵画の道を選んだとき、西欧(など)の絵画への学びも省みないようになった。
 当時の立体派などの運動や、そういった海外の潮流への流れが邪道に思えたのだろうか。絵画の気高さを汚すような、軽薄さを感じ取られたのかもしれない。


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← 近江方面の天候が荒れていて、列車は往復とも通常とは違って米原経由。そのため、琵琶湖(?)を眺める機会を得た。

 しかし、欧米(に限らず国内にしてもだが)の誰もが皮相に流れているわけではなかったろう。
 高島にとって、絵画の道は、宗教的(仏教的)求道の道であり、魂の修行そのものだったと思うしか、彼の特異な姿勢についての理解は難しいかもしれない。
 実際、本書を読むと、空海の『十住心論』など、仏典への言及が目立つ。著者の嗜好なのかと、最初は訝ったが、高島自身の資質でもあったと分かる。
 それは、彼の一族に自殺者が多いこととも無縁ではないのだろう。

 といっても、いまだに生臭い(青臭い)小生、仏教的理解は難しい。邪道かもしれないが、高島の絵をただジッと眺め入るばかりである。

編集者・四釜裕子の書評ブログ 『過激な隠遁』川崎浹(求龍堂)」にもあるように、この本には、「この本には「小説 なりゆくなれのはて」と、画家がいつも枕元に置いていたノートの内容が付されている」こと、「十文字美信さんのカメラは高野の筆跡や筆圧のみならず、ノートの表紙や高野が川崎さんにあてた葉書や送った本の朽ちたページもとらえている」こと、「晴山季和さんの装幀により本扉には高島自筆の「高島野十郎」の美しい文字」など、挿入された写真が、高島の絵画(の画像)はもちろんのこととして、すばらしい。

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→ 往路とも生憎の雨。傘を持つ手が悴んでならぬ。駅前のイルミネーション風な飾りつけも、氷雨の中では肌寒いばかり。

高島野十郎関連拙稿:
高島野十郎の周辺
土屋輝雄・久世光彦・高島野十郎…
もうすぐ「没後30年 高島野十郎展」
「没後30年 高島野十郎展」始まった!

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コメント

こんばんは。
年末ですね、母のこともあり、年末という気がしません。
高島野十郎も老人ホームで亡くなったんですよね。
ロウソクの画家、高島。
三鷹市美術ギャラリーでは野十郎の新収蔵作品の展覧会もやりました。行かなかったですがー。

http://mitaja.jpn.org/

投稿: oki | 2010/12/17 22:49

okiさん

いろいろあって、大変のようですね。
今だからこそのつもりで、悔いのないよう、できるだけのことをしてくれたらと僭越ながら思います。

小生も、実のところ、07年の暮れからは、年末年始も正月もお盆もありませんでした。
今は、拍子抜けの状態で、まだ腑抜けの状態が続いているみたい。

>高島野十郎も老人ホームで亡くなったんですよね。

ほとんど誰にも知られず、ひっそりと亡くなられたようです。
まさに、求道者の極みですね。

>三鷹市美術ギャラリーでは野十郎の新収蔵作品の展覧会もやりました。

東京が羨ましいです。
富山でもあれこれありますが、選択の余地があまりに少なすぎる。

ないものねだりは見苦しいですね。
でも、散歩コースがないのが残念。富山市は戦災で市街地が全焼したので、市内には(東京とは違って)樹木が鬱蒼と生い茂っている森や林や公園がないのです。

投稿: やいっち | 2010/12/18 23:16

こんばんは。
クリスマスですね、関係ない生活してます。
さて高島野十郎の展覧会が開催されて、東京には来ないという話がチラホラ、弥一さん調べてください、笑。
とうとう疲れがたまったのか少し前高熱を出しました、母が具合悪ければ、こちらが動かないといけないのにー。
猛烈な寒気が入りこんで日本海側大荒れとかー気をつけられてくださいね。

投稿: oki | 2010/12/25 00:10

oki さん

お気遣い、大変ですね。
ご自愛しつつ、できるだけのことをやってくださいね。


小生も、帰郷して、父母のことあれこれしなきゃいけないのに、疲れが出たのか、夕方などに熱が出て、吐き気を堪えながら、食事の用意などしてたこと、何度もあります。
でも、気合と責任感で乗り切った、というのが正直なところ。
知り合いに手伝ってもらえることはいろいろあっても、夜昼となくそばにいて、スタンバイするって、神経が疲れます。
でも、それらも、今は終わってしまった。

というより、あれもこれもやっておけばよかったと思うことが一杯。

今年も雪の季節になりましたが、昨年の冬は茶の間から父母と眺めたんだなー、なんて感慨に耽ったり。

雪、今日は積雪五十センチに。
毎年のことながら、雪には悩まされます。
子供の頃のように、雪掻きが楽しいってこともないし。

投稿: やいっち | 2010/12/25 22:42

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