我が家の蔵のこと(後編)
実を言うと、今はもうほとんどこれというものが入っていない。
小生が小学生になって間もない頃、父に案内されて、蔵の中を一階部分だけじゃなく二階まで上がって見て回ったことがある。
← 今年の春、庭先の梅の木越しに蔵を撮ったもの。(画像は、拙稿「蔵は名のみの風の寒さや~!」より) 富山市の戦災については、「富山大空襲と母のこと」など参照。この(東に面する、鉄格子の入った窓のある)面の壁にグラマンの機銃掃射の弾痕が生々しく残っていた。今も、ブリキ(?)の板を外したら、残っているのだろうか?
何か蔵から出す必要があって、蔵に入ったのだが、その際、いつかは何事かを知らせる意味もあってだろう、分厚い木材でできた急な階段を上って二階へあがることが出来たのだ。
子供には一人では上らせてもらえなかった。
小生も、勝手に上がるような<冒険心>のある子供じゃなかった。
蔵の中は、真っ暗である。入り口のフロアーは別格として、一階部分も、懐中電灯がないと、見て回れない。
そんな懐中電灯など、小生がガキの頃は貴重品で、なかなか手にすることが出来なかった。
蝋燭を持って入るというのも、危なっかしい。
一階には入り口フロアーにもだが、一階の本フロアーにも、収められているのは、農機具、農作業用具だった。
母屋の土間には、竈(かまど)や脱穀機などが置いてあったが、蔵の一階部分には、農閑期ともなると、農作業で使った木材や鍬、スコップなどが綺麗に洗われて収められている。
また、秋になって収穫された米が麻の袋に詰められ、何袋も積み重ねられるのだった。
今年までは、我が家の米、あるいは親戚から入手した米を蔵置してあった。
昔のように米俵ではなく、30キロ入りの厚手の丈夫な袋詰めである。
この数年は3袋も入手したろうか。今秋は、小生一人なので、1袋しか買わなかった。
そんな蔵の二階には、ささやかながらも我が家の貴重品が納められていた。
貴重品といっても、宝物の類ではなく、結婚式や葬式などの・慶事・法事の際に使う、立派な御膳やら茶器などが主だった。
さらに、長持ちと呼ぶのか、(子供の目には)巨大な木製の箱が幾つも並べられてあった。
父は(そのうちの一つの箱の)蓋を開けてくれた。中には衣装(和服)が大切に保存されているのだった。
二階の置くの一角に、木製の箱があって、それには引き出しが付いていた。
引き出しの一つを引き出して、中からなにやら札のようなものを抜き出した。
それはまさに札であって、「平民」と記してある。
それから30年ほどして、また父と蔵の二階へ上がる機会があった。
その際には、もう、土蔵の中は、一階も含め、ガランとしていた。
それこそ、故障した石油ストーブが何個もあったり、テレビの化粧箱、灯油の缶、七輪や炭、農機具の残骸、などなど、要するにゴミにして出すのが面倒になって、とりあえず空になっている蔵に仕舞っておけ、といった類が雑然と収まっているだけなのだった。
二階も、子供の頃に眺めたような、大切な品物の置き場所といった雰囲気はまるでなくなっていて、ただ、ガランとしているだけだった。
二階にあった長持ちの類は、全て片付けられていた。埃だけが舞う、そんな寂しい空間に成り果てていた。
あるいは、蔵の二階にあったものは、もう、長い間、放置され続けて、貴重だったはずの和服も、御膳、朱塗りや漆塗りの茶器も、手入れがされないままに朽ち果ててしまい、処分されてしまったのだろう。
母が元気な頃は、折々は手入れしていたのだが、齢を重ねるごとに、蔵に入るのが、まして蔵の二階へ上がるのが億劫以上に、無理になっていったのである。
これたま確かめることがなかったのだが、蔵を改装した際に、蔵の中を整理したのだろう。
家の庭の一角、田んぼや畑に面する一角に、蔵と同じほどの小屋を、蔵の改装と時期を合わせるようにして作られた。
その頃は父母はまだ、それなりに元気で田んぼや畑、庭作業も続けていたが、もう、表の蔵に農機具を収めるのは、面倒だし億劫なので、実際に作業する田んぼなどに近い用水路脇に小屋を建て、そこに作業に必要な道具類を収めることにしたらしい。
(蔵は、田んぼから一番、遠い一角、家の入り口付近に、これ見よがしに(?)建てられている。)
この小屋は今も健在である。
但し、小屋の中の道具類は、埃塗れで、小生がボチボチ庭仕事をする際に、中を覗き、片付けたりするくらいである。
→ 我が家の蔵の堂々たる外観……のはずはなく、これは富山城の雄姿。
この蔵は、頑丈な作りだし、使わずにいるのは勿体無いので、十数年前のある日、この蔵を書庫(書斎)にしようという話も、父との間にあった。
が、小生が貧乏を極めていた頃で、資金のほんの一部さえも出せず、呆気なく頓挫したのだった。
そんなわけで蔵の中にあるのは、埃塗れの、黴ついた時間だけが収まる、悲しすぎる世界なのである。
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