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2010/11/29

その落ち葉、下さい!

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← 紅葉した葉っぱもほとんど散り果てている。薄日とはいえ晴れているし、土曜日の午前なのに、人影もない公園。

 今日は、本ブログのミラーサイトに頂いた記事(日記)に頂いたコメントへのレスを2件、転記する。
 本ブログにミラーサイトを設けるに際しては、諸般の事情があったのだが、まあ、それはそれとして。

●「ゴッホのこんな世界(後編)」に頂いたコメントへのレス:

東京を離れた今、新国立美術館でのゴッホ展は、垂涎の機会なのに、遠くから夢見るだけです。

「馬家畜商」に、「バカチクショウ」って、振り仮名を振っていたんでしょうか。
卑下風な、でも、開き直って誇りを持ってもいるような。

我が家が昔、馬を飼っていたと知ったときは、びっくりでした。
物心付く前に馬はいなくなっていて、小屋だけが小学生のある時期まで残っていたものです(何の小屋か知らなかったけど)。

そうそう、我が家は農家で、田んぼと畑はあったのですが、昔、を作っていたってことを知ったときも意外でした。
富山で麦なんて夢にも思わなかったので(世間知らずだったんだなって、我ながら思います)。

ついでに言うと、庭には棕櫚の木が2本、生えているのですが、ただの庭の賑やかしだけじゃなく、昔は棕櫚で縄などを綯っていたってことにも、驚いたものです。

なるほど、昔は、農作業の用具は何でも自前だったんですね。
当たり前といえば当たり前だけど、謂れ(いきさつ)を知った時には、妙に感動しましたよ。

(このレスについては、拙稿の「棕櫚の樹や麦の話と二毛作」を参照。)


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→ 確か、前の日、通りかかった時は、通り沿いの家の方がせっせと落ち葉を掃いておられた。なのに、一晩でこれだけ散り敷かれてしまったのだ。公園脇に住むってのも、楽じゃないようだ。余談だが、掃き集めた落ち葉は、どうするのだろう。袋に詰めて燃えるゴミとして捨てる? ああ、勿体無い! 我が家の庭の隅に埋めれば、立派な堆肥になるんだよ! 思わず、それ、下さいって、その小母さんにおねだりしそうになった…。

●「京都へは野暮用で」に頂いたコメントへのレス:

野暮用も野暮用、子供の頃からのかかりつけの先生が京都の病院にいます。
父母が亡くなって、生活に区切りをつけるためにも、体のメンテナンスに日々、すごしています。
富山で済ませる不具合は富山で、そうはいかないものは、京都で、ということで、検査・診断に行ってきたのです。


スタニワフ・レムは、名前だけはかねがね聞いていたのですが、今になってやっと読む機会をもてました。
評論からと、順序が逆になりましたが、評論は評論でかなり高度な内容で、折を見て再読するに値するものと感じました

小説の「ソラリス」も、面白かったけど、彼は評論のほうがいいのかな、なんて。
まあ、他の作品も読んでみないと分からないけど。

ポーランドは、実に過酷な歴史を生き抜いてきた国です。
日本人には想像だにできない歴史。
文学にしろ評論にしろ、一筋縄でいかないのは、当然なのかもしれないですね。

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