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2010/11/07

屋根裏部屋のベッド

蔵に箱詰めのままだった本を百数十冊ほど引っ張り出した。みんな古い本。でも、読み返したい本が一杯!

 家庭の都合での帰郷の際、東京の我が部屋に所蔵していた本の大半を処分。何冊、処分したか冊数はわからないが、本棚二つ以上にびっしり。特に美術展の図録は二百冊以上あり、自分の宝だった。帰郷に際しては、百冊ほどだけ引越しの車に積んだ。

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← 中村 紘子【著】『アルゼンチンまでもぐりたい』(中公文庫) あまりに面白くて、すぐに続けて『ピアニストという蛮族がいる』も読んだが、これまた面白い。元気にしてくれる本(書き手)。彼女のCDはいろいろ借りたが、『グランド・リサイタル』が一番、お気に入り。

スタニスワフ・レムの『高い城』は、ある意味、『ソラリス』以上の収穫だった。自伝というより、一級の文学論だ。

 スタニスワフ・レムは、一級のSF小説を書こうとした。実際、『ソラリス』などを書いたが、彼の鋭すぎる批評眼は、どこまでも高みを求める。とうとう書かれざる本の書評を書き、ついには、一切、作品を書かなくなった。

昔、買った本を整理してたら、中村紘子さんの『アルゼンチンまでもぐりたい』が見つかった。彼女はピアニストとして際立っているのはもちろん、抜群のエッセイストでもあるのだ。

 蔵に仕舞ってあった本は、ほとんどが十年以上昔、中には三十年以上も以前に買い、読んだ本。
 仙台を引き払って上京する際、あるいは、東京在住時代に都内を転居する際、時には部屋に本を置ききれなくなって、捨てるのもしのびなくて、仕方なくダンボールに詰めて田舎に送付したのだった。
 十年ほど前からは、不況になって、そもそも本(も雑誌も)を買えなくなった。なので、田舎には十年以上以前の本が結果的に残ったわけである。
 最初のうちは、父がダンボールを開いて、仏間の書棚や廊下に設置したスチール本棚に収納してくれていたが、だんだん、追いつかなくなって、送られたダンボールをそのまま蔵に収めてしまっていたのだ。
 箱を開くと、懐かしい本が次々と現れてくる。それは、心のタイムカプセルのようなもの。その都度の自分の関心の向き傾向がわかる。孤独を持て余して、書店をめぐり、本を漁り、夜を通して書に向き合う。
 時には、どうしても読みたい本と出合えなくて、切羽詰ってしまって、基本的に一度読んだ本は読み返さない主義の小生だが、ドストエフスキーの『罪と罰』や『白夜』、ルソーの『孤独な散歩者の夢想』、ヘッセの『荒野のおおかみ』、チェーホフ、などなどを読み返したものである。
 昔は古書店にはまり足を向けず、新刊の本を売る店にばかり足を向けたが、あまりにめぼしい本に出合えず、苦し紛れに古書店へ足を運び、たとえばセリーヌ の『夜の果てへの旅』に出会った。漂白の魂なんて生易しい世界じゃないのだが、自分の貧しい心を圧倒するには、最高の本だった。
 それはそれとして、中村紘子さんの『アルゼンチンまでもぐりたい』などは、痛快なエッセイで、読んでから十数年は経ているのに、読んだときの印象が今も鮮やかである。

何十年も前に箱に仕舞った本を整理。昔、読んだけど内容を忘れた…のはいいほうで、読んだこと自体を忘れた本が多いことに愕然。
 ダンボールを開いて、本を取り出すと、読んだことを覚えていないどころ(読んだ本の内容を忘れるってのは、しばしばのことでいまさら驚かない!)か、買ったこと自体を覚えていない、本を見ても、まるでピンと来ない本が結構ある。土を掘り起こして遺跡(遺物)が出てきたはいいが、はてこんな本、自分が手を出す?ってなわけである。

寝入る前、アンドレア・ボチェッリの自伝を読み始める。有名な方らしい。題名の『沈黙の音楽』に惹かれたのだ。
 土曜日の夜半から読み出して、断続的に読み、日曜日の夕方、読了。必ずしも面白く描かれているとは思えないが、ある種の出世物語なので、後半の劇的な成功のくだりは、やはりわくわくする。
 それにしても、小生、アンドレア・ボチェッリなるイタリアのテノール歌手をまるで知らなかった。
 そんなに有名な歌手なの?

9784152083739

← アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)著『沈黙の音楽』(高田和文訳 早川書房) 小説仕立てだが、ほとんど自伝。彼の記憶力に驚かされる。

畑、一列だけ、チューリップを植えた。

 今年は、家のことが大変で、畑は放置状態。草むしりすら、夏以降になってようやくやっただけ。
 今、畑には、ネギが少々、勝手に育ってくれているだけ。
 来年は、そんなさびしい畑にしたくないので、とりあえず、今日、一列だけ、チューリップの球根を植えたのだ。
 来春には咲き誇ってくれるだろうか。
 近所の方には、コスモスが丈夫だから、と言われた。野菜は、作っても誰も(自分を含めて!)食べてくれるわけじゃないので、作らないし、畑は野菜畑じゃなく、お花畑にする。

アンドレア・ボチェッリの自伝『沈黙の音楽』読了。ハンディを乗り越えての成功。スーザン・ボイルのシンデレラストーリーをチラッと連想。
 「2010年4月30日に中国で行われた上海国際博覧会のオープニングセレモニーではパヴァロッティの代名詞ともいえるオペラ「トゥーランドット」のアリア、「誰も寝てはならぬ」を披露し、式を盛り上げた」とか。もしかしたら、ニュースでチラッと視聴したかもしれない。そんなにすばらしい歌唱力、すばらしい声なのか。一枚くらいは、CDを聴いてみないと。

屋根裏部屋(茶の間の真上)の木製のベッドを解体し、下ろした。これで頭の重石が取れた気がする。
 我が家は築56年ほど。立派な柱や梁で建っているとはいえ、家の中の何箇所ものドアや障子、襖の開け閉めが難しくなっている。
 今年の法事の際、奥の座敷の襖を外したのだが、どうやっても、元に戻らない。襖が嵌らないのだ。
 富山は地震が少ない県なのだが、それでも、地震があるたび、父母は、これでわれわれも終わりかと、覚悟したとか。
 父母に限らず、人が一番、居る部屋は、寝室を除けば茶の間。テレビもそこにあるし。
 屋根裏部屋は茶の間の真上にある。
 季節ごとに不要になった物品を収納する。あるいは、使わなくなったものの当座の収納場所。小生の高校時代に使った机も残っている(た)。嵌め込みの書棚もある(本も詰まっている)。
 一番、厄介なのはベッドである。
 小生が高校生になった頃、知り合いの大工さんに作ってもらった、頑丈きわまる木製のベッド。階段からは運べず、屋根裏部屋の窓から、ロープを使い、何人かでやっとのことで運び入れた。
 我が高校時代をすごさせてくれたベッドで、懐かしい限りだが、いい木を使い、肉厚の角材だし、とにかく重たい。
 屋根裏部屋にこのベッドがあるってことが、ずっと気がかりだし、重荷に感じてきた。
 地震があると、頭に圧し掛かっているこのベッドの重みで家が傾くような気がしていた。
 まあ、気のせいなのだろうが、今日、解体し、屋根裏部屋のほかのもろもろも含め粗方、片付けたので、肩の荷が下りた気がする。

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