ゴッホのこんな世界(後編)
実際、本書(徐京植著『汝の目を信じよ!』(みすず書房))では、日本では主流どころか、支流のまた傍流扱いといった重苦しい絵画(画家)が次々と紹介される。
← Vincent van Gogh 「The Dance Hall in Arles,」 (Oil on canvas 65.0 x 81.0 cm. Arles: December, 1888) 何処か、ムンクを思わせるタッチ。どうしてこんな絵を、こんな場面を描いたのだろう。随分、遠い世界に感じられるのに。間違っても頼まれて描いたはずもないし。
日本の(よく言えば)洗練された、幽玄の境を行くような(たとえば、東山魁夷とか千住明とかを思い浮かべてもいい)、品位に満ちた、銀行や大企業の、あるいは何かの公式なレセプション会場の大きな壁面を飾るに相応しいような絵画とは、程遠い世界。
→ Vincent van Gogh 「Enclosed Field with Ploughman」 (Oil on canvas 49.0 x 62.0 cm. Saint-Rémy: late August, 1889) もう五十年近くも前のことになるが、大八車などを引いて、近隣の田んぼを回ったものだ。一家総出。見渡す限り、田んぼや畑。そんな田園風景も、とっくの昔、消え去ってしまった。
けれど、東西ドイツの統一後、唯一残っている分断国家・朝鮮の、戦時下という現実が今、改めてリアリティ溢れる(どころではない)実態をさらした今、ガラパゴス化している日本美術にも幾分の警鐘が鳴った…かもしれない。
まあ、簡単には目覚めないだろうが。
← Vincent van Gogh 「Factories Seen from a Hillside in Moonlight」 (Oil on canvas 21.0 x 46.5 cm. Paris: first half, 1887) 叙情味たっぷりの世界。間近な世界を描いても、茫漠とした世界を描いても、同じように手の届かない世界に違いはない。
何も、今こそ社会派絵画を! と声高に叫ぶつもりはない。
戦時下だろうが何だろうが、魂に緊張と孤独と叫びの衝動を抱えるものは、そして美を欲し、今ここで美を織り成したいと祈念するものは、批評家や世間の声に抗っても、孤立の淵に陥るしかない悪循環に苦しもうと、何事かをやるに違いないのだ。
→ Vincent van Gogh 「Cart with Black Ox」 (Oil on canvas 60.0 x 80.0 cm. Nuenen: July, 1884) 我が家は、もう、半世紀以上昔となるが、馬を飼っていた。馬に大八車を引っ張らせて、富山市から高岡市までポックリポックリ歩いていったこともあるとか。悲しいかな小生は馬がいたなんて、数年前までまったく知らなかった。家の表の庭の隅っこに、藁で一杯の小屋があったのは覚えている。その小屋が実は馬小屋だったのだ。
(ゴッホの作品画像は全て、「The Vincent van Gogh Gallery」より)
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コメント
ゴッホちょうど東京で回顧展やってますね。僕もみましたが、ほとんど独学で、模写模写から始まったようです。
さて統一ドイツの話題が出ていますが、僕が大学に入ったのはドイツ統一の前。
ですから、教養課程でドイツ語履修100名に対してフランス語履修200名。
でクラスは3クラスと4クラスですから、一クラス、ドイツ語は35名くらいに対してフランス語50名、まぁ授業で当たる確率が違います。
母は退院することになりましたが、口から食事が充分取れません。
けど胃ろうは作らないことにしました、樹木の葉が自然とだんだん落ちて枯れるように、逝かせたいと思います。
投稿: oki | 2010/11/30 21:51
okiさん
小生も、東京にいたら、ゴッホ展、見に行っていたでしょうね。
羨ましいです。
ゴッホが誰か先生について、基本から習うなんて光景、ちょっと想像ができませんね。
先生がいても、きっと喧嘩ばかりしていたか、先生が出来の悪い、才能のない、下手な生徒だと、早々に見切りをつけていたかも。
東西ドイツの統一。
ゴルバチョフ。ベルリンの壁の崩壊。ドラマチックな時代でした。
小生が学生になったのは、浅間山荘事件のあった直後。
一気に学生運動が下火になったころでした。
哲学を履修するのに、フランス語という選択は全く脳裏にありませんでした。
哲学なので、学生も少なく、ラテン語と併せ、真面目に勉強してましたね。
哲学書(ヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」は例外として)よりカフカの小説を読みたくて勉強していたような。
お母様のこと、心が痛みます。
小生も延命治療の類はお断りしました。長い治療と介護や通院、入院生活で苦しんできた、耐えてきた、それをさらに苦しい治療で、なんて選択肢は考えられませんでした。
ただ、誰もいない家に一人いると、親のいない生活を実感させらています。
投稿: やいっち | 2010/12/01 21:04