冬の蝶を現(うつつ)に見ん
今や失われつつあるという里山だが、それでも探せば見つかるのだろう(か)。その里山に分け入っていくと、冬だと蛹、あるいは卵の状態の蝶に出会えることもあるのだろう。そういえば、遠い昔、郷里の町の未だ宅地になっていなかった藪の木肌などに蛹を見つけたりしたものだった。
→ 紅葉がいよいよピークを迎えそう。
興味津々というより、どちらかというと何となく不気味な感じを受けたような記憶がある。成虫になれば可憐だったりする蝶々も、幼虫とか蛹の状態だと、愛らしいというより、敬遠したくなるような雰囲気が漂っていた、少なくとも自分はそう、感じていた。
尤も、鳥などに喰われないよう、人間のみならず他の動物にも目立たないよう、地味な、時に不恰好な、しかし、無用心な姿で冬の時を過ごしているのだろう。
あるサイトによると、「このキタテハを始め、タテハチョウのいくつかは成虫で冬を越します。だから、冬でも暖かい日には飛ぶこともできるのです」という。但し、成虫の姿だけれど、実際に飛ぶのは、暖かな日に限られるようで、「冬のほとんどの日は、茂みの中や、稀に農家の軒下などで翅をしっかり畳んで、じっとしているのです」というのである。
← せっかくなので、もっと間近で撮っちゃえと思ったら、何か蠢くものが。
冬の蝶…。何か幻想的な感がする。季語としても人気があるのは、小生なりに分かるような気がする。小説のタイトル、乃至は、テーマを象徴する言葉であり、同時にしかも決して完全に幻想なのではなく、実際に自分は見なくとも誰から見た現実である、めったに我が眼では確かめることの出来ない、その意味で歯痒い幻想的な現実。
小説の書き手なら、何かしら掻き立てられるものを感じないとウソのような気がする。小説でなくとも、短歌や俳句などでは冬には挑戦したくなるテーマであり言葉であり、夢の中のような、しかし厳然たる現実でもあるのだ。
そもそも、蝶々というのは、その存在自体が幻想的である。そう、めったに見られない冬の蝶に拘らなくとも、春の麗らかな陽気の中、菜の花畑の日溜りの中などを蝶々がフワフワ飛んでいる姿を見かけると、それだけで、胡蝶の夢を思わせてしまう。
→ なんだろうと、目を凝らしてみたら、ハトだった。ハトたちが木の枝に居並ぶようにして憩っている。最近、あまり姿を見かけないなと思っていたけど、こんなところにいたんだね。
ただ、胡蝶の夢で肝心なのは、「知らず周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるか。周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん」という下りの先、「此れを之れ物化と謂ふ」にある。ここから先は、夢見気分では安易に辿ることを躊躇われる思弁の世界に分け入る。
そうするには、ちょっとした覚悟が要りそうである。
(「冬の蝶」(2004/11/21)より)
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