何のために走るのか
風が吹く。唸っている。オートバイが揺れる。木の葉のように、渓流に流した笹舟のように揺れまくる。風景がシールドの端を飛び去っていく。雲が分厚い。真昼間なのに、宵闇の暗さだ。
雨がヘルメットのシールドを叩く。雨滴がシールドに礫のようにぶつかってくる。雨滴の、容赦なく砕け散る音が耳を劈く。
痛切な孤独が俺を癒す。この世から逃げ去るような、それとも風雨の断崖に頭から突撃していくようだ。
タイヤが滑る。タイヤが鳴る。路面と、僅か名刺大ほどの接地で、かろうじてバイクは大地と繋がっている。悲鳴を上げるタイヤのゴムは、究極の命の絆なのだ。
ほんの些細な気まぐれが俺を、名実ともにあの世へ送ってくれる。ちょっと気を緩めればそれで済むこと。誰も見ていないのだ。誰に遠慮が要るわけじゃなし。
瀬戸際の孤独の中で、俺はアインシュタインの夢を見る。オートバイを無茶苦茶に加速させて、やがて速度は光速に達する。その瞬間、俺は身も心も解き放たれて、この世と和解することができるのだ。俺がこの世に触れることができるのは、その刹那にしかありえない。
黒い革のジャンパーを着て、あの胸にもう一度! と呟きながら、いや、ヘルメットの中で思いっきりあの人の名を叫びながら、俺は台風を尻目に走る。この世を睥睨する。俺の顔を見て顔を背けたあの人のもとへと突っ走る。ハンドルを握る手が緩む…。
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