秋に氷雨は筋違い(後編)
そもそも、彼女が、私が働いていた大久保に来たのは偶然なのだろうか。
仮にそうだとしても、彼女が大久保から新宿へ移動した、間もない頃に、私にも彼女のいる新宿への移動の話があったのは、偶然なのか。
それだけじゃない。新宿の事務所には何人も事務員がいたし、バイトも複数いた。
なのに、私が彼女の(仕事の)ペアとなったのは、それも偶然なのか。
← ポール・オースター/著『オラクル・ナイト』(柴田元幸/訳 新潮社)「オラクル・ナイト」とは、「神託の夜」。ポール・オースターの小説だから読むのか、柴田元幸による翻訳だから読むのか。
そんなこじつけめいた<偶然>など、どうでもいい。
そんなことより、彼女の気持ちがどうであれ、私が彼女を憎からず思っているのなら、彼女にアタックすればいいだけの話である。
が、優柔不断な私だった。
そんな煮え切らない私に愛想を付かしたのだろうか。
80年のある日、会社の帰り、彼女の姿を見かけた。
バイトたちは、普段は社員より早く仕事が終わるので、彼女らの退社時間には私はいないわけである。
だが、私の歩く目の前に彼女が居る。
彼女が道路の反対側で私に向かって何か叫んだ。
私も何か応えた…。
彼女が何を言ったのか、私が何て応じたのか、覚えていない。
ただ、彼女をデートに誘うといったモーションではなかったことは間違いない。
また、80年のある日、仕事の帰り、いつものルートをはずれ、夕暮れの近所の商店街を歩いていたら、雑踏の中にソバージュ風の長い髪の彼女の後姿を見た……気がした。
気のせいなのか、自問自答するばかり。
そのうち、彼女は宵闇の雑踏に消えていった。
翌日、センターへいつものように出社した。
間もなく事務所で彼女を見て驚いた。
彼女は髪を短くして、それまでの長い髪の彼女の面影を消し去っていたのだ。
それから間もなくして、彼女にいい人が居るらしいという噂を耳にした。
現に目にしたわけじゃないのだが、同じ職場の私のアルバイト仲間の男らしい。
奴の所に泊まっていくこともある、という噂。
私への当て付け?
私の単なる思い過ごし?
いずれにしても、80年の終わりごろには、彼女のそれまでの愛想のいい笑顔が私には恵まれなくなったのは事実である。
彼女に振られたわけじゃない(そもそも、私は彼女に一度だってコンタクトしたわけじゃない)、でも、彼女との仲が気持ちの上で疎遠になったのは否めなかった。
私があまりに煮え切らなくて、彼女が業を煮やした?
それは思い上がりというもので、そもそも彼女は私など眼中になかった?
← スタニスワフ・レム著『ソラリス』(沼野充義訳 国書刊行会) 「タルコフスキーとソダーバーグによって映画化された新世紀の古典、ポーランド語原典から新訳刊行」というもので、ずっと気になっていた小説だった。SF小説。小生は、小学生の終わりころから中学にかけては、SF少年だった。既に65年には、飯田 規和訳で、(翻訳『ソラリスの陽のもとに』なる題名で出ていたが、当時の小生には手が出なかった。今日、図書館で今年度ノーベル賞を受賞したバルガス=リョサの本を探していたが、一冊もなく、未練がましく書架を漁っていたら、レムの本に目が合ったのだ。
80年の晩秋から、彼女の居る会社(の倉庫)を離れる翌年の春まで、彼女が目の前に居るのに、あまりに遠く感じられて、辛い日々を送った。
(「ガス中毒死未遂事件」を起こしたのは、80年の暮れの冬だったっけ。)
やがて81年の春にそのセンターを辞め、ある会社に入社した。
すると、81年のある頃から、「氷雨」がヒットし始めた。
歌うのは、日野美歌!
日野の女!
まるで私に追い討ちを掛けるように、日野の女を嫌でも連想させる「氷雨」がヒットし、曲が流れ続けたのだ。
そんなこんなで、ちょっとでも冷たい雨が降ると、私は紋切り型と思われようと、つい、「氷雨」という言葉を使ってしまうようになったのである。
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