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2010/10/30

写真(アルバム)は思い出を喚起する

数ヶ月ぶりに卵パックを買った。久しく調理しないので、卵は眼中になかったのだ。目玉焼き作るの得意なんだけど、ふと、ご飯に生卵をかけて食べたら美味しかった。ずっと昔、よく卵かけご飯、食べたっけ。

父が長年、集めてきた、お酒のラベル。その本の一部を、座敷に飾ってみた。一部たって、百枚。全体で何枚あるか、見当が付かない。

 少なくとも千枚はある!

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→ 「クレオメ」 昨年の台風で我が家の裏庭の杉の木(樹高10メートル以上)が地上5メートルのところで幹が折れた。その枝葉がこの花の上にまともに倒れ掛かった。悲惨な状態だったはずなのに、ちゃんと今年も咲いてくれた。それにしても、小生が世話しない草花ほど元気に育つって、どういうこと?

昨晩、見たハンズマンの特集、面白かった。お客本位は伊達じゃない。

 セットやビニールの袋に入っている商品を、部品一個のためにバラして売る! すべてはお客様のためにって、臭そうな台詞だけど、テレビの特集で見ていた限り、紛れもなく実行していた。

我が家の庭にシュウメイギクが。今年も咲いてくれた。何の世話もしていないのに。雑草なのかな。

ブラタモリ、見てる。町をゆっくりのんびり歩けるって、贅沢。貧乏人(心の貧しい人)には、叶わぬ芸当なのかな。

 思えば在京時代、家と会社や僅かな拠点を往復するだけの生活だった気がする。遊び心がなかった。バイクでも、ひたすら走るばかりだったし。でも、これが我輩の性分なのだろう。

家捜ししてたら、化粧箱に入った(当然、未使用の)毛布が見つかった。昨夜から使い始めたら、暖かかった。タオルケットとは違うね!
 お陰で、凍えながら寝入るってことはなくなった。布団や毛布を買うおカネがないから仕方ないんだけど。

ポール・オースターの『オラクルナイト』読了。次は、スタニスワフ・レムの『ソラリス』。ポーランド語からの沼野充義さんによる直訳版。いつかは読もうと思いつつ、機会を逸していた。さて、どんな小説か。

村上春樹の『1Q84』を読みたかったんだけど、図書館での予約は、270人以上の順番待ち。年内どころか来年も怪しい。

 図書館の司書さんの話によると、12冊の本で回しているという。それでも、一人当たり、貸し出し期間が十日として、二百日は軽く越える。来年のうちには文庫に入るかもしれない。

今年の7月に賞味期限のチャーハンの素。捨てるの惜しくて、チャーハンにトライ。卵はもちろん、チャーシュー(細切れ)も入れて。食べて2時間。今のところ、おなかの調子、悪くない。
 聞くところによると、こうした「素(もと)」的なものは賞味期限をあまり気にしなくていいみたい。3つ入りパックなので、三日連続でチャーハンを食べたけど、今のところ問題ないみたい。

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← 「丸木スマとアール・ブリュット展」のポスター。丸木スマ自身は、アール・ブリュットじゃなく、素朴派かもしれない。何ゆえ、素朴派の丸木スマアール・ブリュット的な表現者とを組み合わせたのか。絵画の世界には、Shuji, Takashi とか、いろんな表現者がいる

ハイドンの「水上の音楽」、図書館でやっと見つかった。

 東京在住時代、近所の図書館で借りて聴いて、気に入った。アルビノーニなど、音楽の世界が広がった。

家の奥の廊下、整理していたら、下駄が出てきた。誰のだろう? 学生時代、下駄で闊歩してたことあったなー。懐かしい。
 大学に入って三年目、丘の上のアパートで暮らしてたけど、そのころ、一年下の奴に影響されて、下駄を履きだした。コンクリートの道をカランコロン。思えば、近所迷惑だったかな。

下駄、もう少し暑い時期に再発見したかった。今からじゃ、下駄は寒いね。

いつもながら、ブラタモリ、面白いなー。東京在住35年なのに、知らない世界が一杯だ!

野沢那智さん死去だとか。小生の中では、未だに、イリヤ・クリヤキン! 友人宅の近所に家があったけど、訪ねに行く勇気はなかったなー。

スタニスワフ・レム著の『ソラリス』を読んでいる。面白いのかどうか分からないが、読む手が止まらない。カフカ的(城)、ポー的(メールシュトレームの大渦)、ムシル的(特性のない男)、カネッティ的(眩暈)、埴谷的、時にセリーヌ的。不思議な世界だ。

 レムの「ソラリス」は読んでいて、ある種の文章の生硬さ、やや無理筋的な展開や表現が目立つ気がする。時に不器用にも感じられるし。一昔前の文学の特徴なのだろうか。今時の分かりやすい、ストーリー展開の面白さで持っていく小説とは違う。文学を信じている、という感がある。文学上の表現でしか居場所がないということか。

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← スタニスワフ・レム著『ソラリス』(沼野充義訳 国書刊行会)

家の奥の箪笥など整理してたら、古い写真が出てきた。自分でも覚えてない場面があったりして、写真の威力を思い知る。

 家のあちこちから写真(アルバム)が出てくる。たくさんの写真(アルバム)を前に、みんなでワイワイ語り合うのも楽しいだろうなー。実現はありえないだろうけど。

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コメント

丸木スマとアールブリュットですか、どこの美術館なのですか、iPhoneだと良く見えない。
うちの母も肺炎になって緊急入院しました。老衰で酸素を吸えないから、このまま死ぬ、明日明後日でもおかしくないと言われましたね。心の準備が出来てなかったけど少したってコロリ往生かなと思いました。弥一さんのご両親は苦しまれたのかな?葬儀は小さくやるつもり。
ただこんな時に限って美術館の招待券がやたら入るんですよね。気持ちは美術館どころではないー当り前ですが。
そう元気だった頃の写真がやたらと目に着きます。親族ももうバラバラ、しかし知らせないわけにもいかないですしね。

投稿: oki | 2010/11/02 22:08

okiさん

お母様が亡くなられたのでしょうか。
苦しまずに亡くなられたのならいいのですが。
冥福をお祈りいたします。

小生の父母は、苦しまずに亡くなったと思いたいのですが、我慢強い性分だっただけに、真実は分かりません。
ただ、延命治療はしませんでした。
苦しむだけですし、苦しみが長く続くだけですから。


両親が亡くなった重みというのは、日が経つにつれ実感してきています。
家の中の整理をすると、父母らの写真(アルバム)があちこちから見つかる。
特に押入れの奥などから見つかった写真ほど、若い頃、元気な頃の姿が写っていますので、一層、ジーンときます。


「丸木スマとアール・ブリュット展」は、富山県の上市町にある西田美術館で催されてます。
ここは、「マンダラの画家」として知られている(故)前田常作の多くの作品を所蔵、常設展示していることで知られている美術館です。


美術館巡りは、父母のこともあり、この数年、気が向きませんでしたが、身辺が落ち着いてきたら、ぼちぼち再開しようかなと思っています。
まあ、来年からのことですが。

投稿: やいっち | 2010/11/02 22:47

いつものネットカフェです。
パソコンで見るとiPhoneとはぜんぜん違いますね、弥一さんのツィッターはじめてみたかな。
報恩講ですか、浄土真宗なのですね。
富山には高森顕鉄という人が主催する浄土真宗親鸞会があります、この世の目的は絶対の幸福を得ることであり、そのためには善知識つまりは高森の教えを聞かないと無間地獄に落ちるなんて親鸞とはたいそうはなれた話をしていますがー。
さて母はまだ死んでいませんが、いつでも用意できるように葬儀社を頼み、親戚に連絡しました。
いまでは式場と斎場が同じところで移動しなくていいという便利な場所があるのですね。
さていつまで持つか、病院帰りですがもう予約したと話したら先生笑っていました。
月に一度はこういうところでメールチェックとかしないとー。

投稿: oki | 2010/11/05 21:16

oki さん

iPhoneに限らず、スマートフォンに興味津々。
移動の機会が増えそうなので、PCに向かってのブログの更新は難しくなりそうなのです。

以前(数年前)、携帯で更新したことあるけど、携帯もこの数年で随分と性能がアップしたし、そろそろ食指が伸びるね。


報恩講、結局、どうしたらいいのか分からず、当のお寺の住職さんに(その奥さんに)尋ねてしまった。


小生、早とちりだったみたいですね。
okiさんは、臨戦態勢のようですね。
小生の場合、帰郷しての二年間以上、臨戦だったような気がする。
やり足りなかったことは多々あるし、一部の周りからも冷たい目を浴びることがありますが、十年は続くと思っていたから、急死に驚いたってのが正直なところ。

投稿: やいっち | 2010/11/08 23:55

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