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2010/09/17

床の間に水墨画

 近々の親戚の方の里帰りに向け、今日も準備を。

 トイレも含め掃除の類いは大よそ昨日までに終えたので(先週末の親戚の者の突然の不幸で、週初めまでは庭や畑の手入れを十分にできなかったのが残念)、今日は、延び延びになっていた墓掃除。
 遅くとも昨日までに終えておくはずが、このところの天候不順で予定が狂ってしまった。

 四十九日の法要(納骨法要)に向け、念入りに掃除(清掃)は済ませてある。
 が、その後、お盆があったり、月命日のお参りをしてもらったりして、幾分なりとも汚れてしまう。
 蝋燭や供花とか線香で汚れているのは、別に汚れとは言わないのだろうが、そうはいっても、墓参される方、しかも、十数年ぶりのお参りとなると、気持ちよく参ってもらいたいもの。

 2リットルのペットボトルを3本、箒とチリトリ、ゴミ袋、墓石にこびり付いているだろう溶けた蝋を掻き削る金具などを自転車に積んで、いざ出発。

 今朝までの雨も目覚めた時は上がっていた。
 出発する10時半過ぎには、晴れ間さえ。
 妙に天気が変わりやすいこの頃なので、今のうちだ。

(その前に、金曜日は燃えるゴミの日なので、杉や松の枝葉などをゴミ置き場へ。家の中の一般ゴミも結構、出る。ゴミ出し作業だけで、30分じゃ済まない。なので、その間、洗濯も済ませる。)

 ちょっと心配だったのは、お墓の周りにまた雑草が生えていないかという点。
 少しは生えていたけど、手で根っ子から抜き取れるほどのもので、自転車で往復する必要はなかった。
 金属製の花立てや線香立て、蝋燭立てを石の花立てから外して、ゴミを捨て、中を綺麗にする。
 雨水が溜まっていて、お盆の日からそんなに日にちが経っていないのに、想像以上に汚れている。

 掻き削った蝋や風で墓地の周りに育っている松から風に飛ばされてきた松葉などを箒で掃いてチリトリで集め、ポリ袋へ。
 最後に、お墓の上からペットボトルの水を掛け流す。

 一連の作業を終えて帰宅したら11時半。
 眩しいくらいに晴れて、帽子を被っていこうかと迷っていたほどの空模様が急変。
 ザーという雨に。
 テレビをつけたら、冨山の地域によっては大雨警報が出たりしている。
 重い腰をあげて午前中にお墓掃除に行って正解だった。ラッキーだった。
 
 午後になって、仮眠を取ってから図書館へ。
 返却と借り出し。
 このところ、何故か数学の啓蒙書ばかりを読み漁ってきた。
 今日は、新入荷本のコーナーには小生の気を惹く本はあまりない。
 やはり、午前中に行かないと面白そうな本は他の誰かに先に借り出されてしまう。
 それでも、カフカの生涯を扱った池内紀の新書があった。
 寝床で気軽に読めそうなので、迷わず借りることに。

 他に書架で脳科学の本を一冊、生物学の本も一冊。
 徐々に理科系から文科系の本へ読書の対象がシフトしていくような。
 意図的というわけではないが、文学関連の本格的な本を読み込みたいという欲求が高まっているのも事実。
 この数ヶ月、文学より深刻な事態が我が身の周辺で生じていたので、バランスを取るために、というわけではないのだが、理数系の本を読んで、幾分の現実逃避を図っていたような気もしないではない。
 
 さて、図書館の帰りは、スーパーに立ち寄り、お客さんのためにお花を一杯、買いました。
 仏壇には勿論だが、玄関にも目立つように多めに買ったつもりだが、色の取り合わせが今ひとつだった。
 やや中間色が目立つ。
 そのことは、店で買っていて気が付いていたのだが、真っ赤な花を加えてバランスを取るべきと思いつつ、つい、ケチな根性が出て、それと面倒くさがりな性分もあって、まあいいや、これで、となってしまった。

 帰宅して、ビールを買うのを忘れていたのを思い出した。
 自分がお酒を飲まないので、つい忘れてしまう。


 以下は、来客を迎えるに際し、顧問的な立場にある方に、これらのことを準備しろと言われて、夜になって大急ぎで作業したもの(その方には、お茶菓子などを用意してもらった。当日は、夕食用のお汁(つゆ)も作ってもらう予定)。
 来客用に取り皿(小皿)や味噌汁(お汁)用の御碗を相当数、引っ張り出し、水に浸しておいた。
 また、鍋も引っ張り出し(父が食が進まなくなって、味噌汁を億劫がるようになってから鍋の類いは使わなくなっていたのだ。暑い日が続いたので、煮物を敬遠するようになったこともある)、これも水に浸す。
 さらに、味噌を入れてある甕(かめ)も、蓋を開けて中を覗いてみたら、上のほうがかびて乾いていたので、上部数センチを御碗で掬って捨てて、新鮮な層の顔を覗かせ、そこにビニールを被せ、再度、蓋をする。
 
 他の方にも指摘されたことがあった。
 それは、四十九日の法要の日まで、奥の座敷(の床の間)に掛けてあった六字の名号(南無阿弥陀仏)の掛け軸も、取り外してしまって、座敷の壁が淋しい、だから何か掛けておいたほうがいい、と。

 正月には天神様の掛け軸を掛けるのが習いだったのだが(父は例年、天神様を掛けていた。富山の風習・習慣に近い)、無難な掛け軸ということで、水墨画を架けた。
 もしかしたら、二十年ほど前(サラリーマンだった頃)、社員旅行先の台湾で小生が買ってきた水墨画なのかもしれない(父にプレゼントした)。
 ちょっと思い出がある掛け軸に、二十年ぶりに対面したわけである。
(同じく、二十年ほど前に買った、新たに摺った保永堂版の広重の「東海道五十三次」とも対面を果たしている。あの頃はバブルで、身の程知らずにも大枚をはたいて買ったのだった。家の中の何処かに飾りたいなー。)

 これで座敷(床の間)に落ち着きが出た。

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