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2010/08/26

初の母の月命日だったけど

 今日は待望の雨。
 お昼頃までは晴れていたけど、午後になって雲行きが怪しくなって、ついには曇天に。
 来客があって、座敷で対面していて、ふと、外を見たら、雨滴らしいものが落ち始めている。
 乾き切った大地に、コンクリート舗装面に、ポツポツという雨粒。
 この程度の雨で済んでしまうのか…。

 山間部では雷を伴った雨になりそうという予報だったので、過日のように、山のほうだけ、雷雨なのか、里のほうは降らないのかと思っていたら、怪しい空どころか、凄まじい雷鳴、そして雨。
 座敷でお客さんと話していて、扇風機を出したほうがいいかなと思っていたが、座敷の縁側のレースのカーテンを揺らして吹き抜けてくる風が案外と半袖の腕に、顔に心地いい。
 ようやく、土もしっとり濡れて、樹木の葉っぱも草花も一息ついているようだ。

 それはいいのだが(残念ながら気温はそれほど下がらなかったけど)、今日は寂しい一日となった。

 何が寂しいって、今日は母の初めての月命日。
 そう、先月の今日、母が亡くなったから、今日で一ヶ月め、つまり初めての月命日となるのだ。

 父の最初の月命日だった、八月九日は、お坊さんもだが、来ていいはずの直近の親族は誰も来なかった(しかも、今日は父のホントの四十九日の日。先日の四十九日の法要は、父母の永眠が立て続けだったので、親戚の都合、呼ぶ我が家の都合も考えて、父の四十九日の数日前の日曜日に営んだのだった)。

 そして、母の初の月命日の今日も、お坊さんも、一番血筋の近い親戚(要するに父母の子どもたち)の者も誰も来なかった。
 四十九日の法要が終わって、座敷の祭壇もほとんど片づけられ、今は父祖の代からの仏壇に、父母の小さな遺影やお骨が安置されている。

 法要の儀式(に参集する親族ら)のため、奥の座敷や床の間、そして仏間を仕切る襖は取っ払ってあったのだが、それらも元通りにし、ちょっと見た分には、何事もなかったかのような佇まいの部屋、部屋。
 それでも、六文字の名号(南無阿弥陀仏)の掛け軸はまだ床の間に架けたままで、法要があった名残りはあるわけである。

 襖で仕切られた、元通りの落ち着きを取り戻した6畳の仏間。
 部屋の隅にあった箪笥が片づけられ、前よりは幾分、広く感じられる。
 尤も、仏間の以前の状態を知らないものには、その小さな変化に気付きようはない。

 仏間の仏壇の湧きに出窓風な2畳にもならない小部屋があり、物置みたいに便利に使われている。
 ちょっと汚らしいし、出窓から西日が入り込んでしまうので、カーテンで仏間と仕切られている。
 そのカーテンも古臭いが、交換するほどでもなく、困った挙句、座敷と床の間を仕切っていた襖を、カーテンの手前に2枚、置いて塞いで、あたかも、襖の向こうには別室があるかのような雰囲気とした。

 天上近くの桟には祖父母や親族の遺影が飾られ仏間を見下している。
 やがては、父母の遺影も彼らに並ぶことになる。

 そんな家の中でも独特な雰囲気の漂う仏間で、仏壇の仏飯器にご飯を盛り、花立に花を生け、父母の小さな遺影の並ぶ仏壇で、一人、手を合わせた。
 

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