豆腐屋の小父さん
我が家に毎週、木曜日(のお昼前)、豆腐の宅配がある。
近所(らしい)の豆腐屋の小父さんが、配達(宅配)して回っている。
もう、長年、我が家に(も)来てくれていたようで、父が亡くなった今も、なんとなく断りづらく、そのまま宅配をお願いしている。
小父さんと勝手に呼んでいるが、父と同年輩か、やや若いかもしれない。
それでも、八十歳前後か。
配られるのは、毎週2丁。
以前は、父母二人だったし、その後、一昨年からは小生が帰郷して三人となっていたので、週に2丁なら、味噌汁の具にしたりして、ちょうどいい塩梅の量だった。
それが、母が入院したり、自宅にいても食が細くなったり、そのうち、父まで食が細くなって、具沢山の味噌汁は億劫になって、この春からは、インスタントの味噌汁だけで十分と言う様になった。
そして今は、家には自分ひとり。
正直、毎週2丁は、ちょっと多すぎる。
毎週、配達してくれていた小父さんも、昨年の一時期、体を壊し、配達に来なくなったことがあった。
心配していたら、間もなく、配達を再開してくれたのだが、前は自転車での宅配だったのが、車での配達になっていた。
運転席に若い人が。
息子さんが運転して、小父さんが配達して回っている。
採算が取れるとは思えない。
きっと、手作りの豆腐を待っていてくれるからと、責任感と遣り甲斐で頑張っているのだろう。
父が元気な頃は、その小父さんが来て、「豆腐だよー」と玄関を開けると、父が「はいー」と返事して、おカネ(小銭)を手にして玄関まで出迎え、豆腐とおカネを交換しつつ、簡単な挨拶など交わしていた。
そのうち、父も体が不調になり、玄関とは目と鼻の先にある寝室から返事をするだけで、豆腐を置いて行ってもらうだけになった。
おカネは、予め用意して、玄関の下足棚の上に置いておく。
小父さんも、心得ていて、豆腐を玄関の廊下の縁(へり)に置き、おカネを取って去っていく。
この6月、父が周囲の説得に応じて、ようやく病院へ。
2階の広いフロアーで、診察のための長い待合に手持ち無沙汰していた。
待合時間は午前で収まらず、とうとう午後にまで伸びてしまった。
すると、お昼頃だったか、我々(父)とは違う診療科で、やはり、診察を待つ小父さんの姿を偶然、見かけた。
傍には付き添いの方。
奥さんだろう。
父はお医者さんにその日の午後の即入院を指示された。
そして、そのまま約一ヶ月入院し、変わり果てた姿で今月9日、帰宅したのだった。
さて、かの小父さんは相変わらず、車に同乗して豆腐を配達してくれている。
配達は毎週、木曜と決まっている。
今週も、木曜日に来てくれた。
豆腐屋さんの声が聞こえたので、家で番をしている小生が出て行ったが、小父さんは、普段通り、おカネを手にして去るところだった。
家の不幸に、つまりは父の死に気付いていないようである。
もう、父の通夜も葬儀も終わって、玄関に忌中の貼り札がしてあるだけ。家を外から見る分には、つい先日、家に不幸があったとは分からない。
玄関を開けても分からないだろう。
小父さんには、玄関の引き戸の上の桟(さん)に貼ってある忌中の札が見えないのかもしれない。
去り行く小父さんの背中を見て、小生も声を掛けそびれた。
わざわざ引き止めて、父が亡くなったんです、なんて言ったものかどうか。
来週、来てくれた時、小父さんは忌中の札に気づくだろうか。
それとも、小父さんが玄関の戸を閉める前に、小生が出て行くのが早いという状況になるだろうか。
玄関の下足棚の上におカネが置いてないと、小父さんが待っていてくれそうなものだが、長い間の習慣(暗黙の了解)でたまにおカネを置き忘れたら、次回の際、まとめて払うということになっている。
だから、おカネがなくたって、豆腐を置いてさっさと去っていくだけだろう。
となると、豆腐屋の小父さんが来たら、いや、その気配を感じたら、小生がさっさと玄関へ出て行って、小父さんを出迎えるしか、顔を合わせる機会はないのだろう。
…しかし、顔を合わせることができたとして、父のことを告げるべきなのだろうか。
まあ、事実を告げるのは当然のことだろう。
小父さんも寂しく感じることだろう。
父の、あるいは小父さんの同年輩の方たちが次々に物故していく。
そんな体験など、小生よりはるかに実感を以て体験しているのだろう。
今更、父のことなどで嘆いたりしないだろう。
ただ、大袈裟な表現をすると、同年代の戦友がまた一人、この世を去った、そう思うだけなのだろう。
小生などが気を揉むことなど何もなくて、静かに深く何事かを思うだけなのだろう。
(10/07/19 作)
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