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2010/07/16

父の死のこと(2)

(「父の死のこと」の、ゆるやかな続篇です。)

 思えば、前兆は少なからずあったわけだ。
 それも、単に脳梗塞のぶり返しだけじゃない、症状(行動の異常)が見られていた。

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← 見事に育った畑のヒマワリ。肝心の畑は、雑草が生い茂っている。四月以降、庭も畑もホッタラカシ。

 誰よりも身奇麗にする、お洒落な(父の知り合いはダンディだったねー、なんて言っていたっけ)父が、格好など構うことがなくなったのは、一番のサインだったのかもしれない。
 そんな状況に気付き始めたのは、四月のいつ頃だったか。
 妙な咳もする。痰が絡む。
 食も進まなくなっている。

 五月の半ばには、父がお世話になっていたデイサービスでも、ちょっと気になる点もあるので、病院に連れて行かれたら、という話を、介護する方から伺っていた。

 昨年の入院の際も、散々手こずった苦い経験がある。
 自分だけではなく、父のお気に入りの方にも検査入院の説得をしてもらった。
 毒づかれたりしながらも、とにもかくにも検査入院し、大事には至らなかった。
 でも、自分には、昨年、毒づかれた嫌な記憶が蘇ってくる。
 また、逆切れとか、いろいろあるんだろう…。
 そんな憂鬱な気持ちが先になってしまう。

 その前に、父との間には長い軋轢の日々がある。
 腹を割った会話が成り立たなくなっている。
 ある種の拘りと蟠(わだかま)り。
(この蟠りだけで、長い話が必要である。日記の形では表現できそうにない。)
 
 しかし、そんなことは言っておられない。
 ある日、父が病院へ連れてってもらおうかのー、なんて呟いたような気がした。
 気のせい? まさか、病院嫌いのあの父が?
 小生はとうとうその呟きを拾いきることができなかった。

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→ 一昨日の未明、四時過ぎ。バイトの途中。

 五月には一度だけ、六月の声を聞く頃には、父はデイサービスには行かなくなった。
 専門家に相談して、母もお世話になったことのある、近所の個人病院の先生に往診に六月四日、来てもらい、先生からの説得の形で病院へ検査のため、行くことを了解させる形を取った。
 非常な低血圧、血液検査の結果、各種の数値も異常を示している。

 翌週の六月七日、検査のための病院へ。
 父は今度は、素直に従う。
 むしろ、今度は自分から行く気でいたのかもしれない。
 その気持ちを汲み取ることができなかったのだ。

 午前の(待ち時間のやたらと長い)MRIなどの検査の結果、脳梗塞のほうは、症状は特段の悪化を示していない。
 しかし、肺のほうに気になる影が。
 とうとうその日の午後からの入院が医者から言い渡された。
 父は素直に従う。
 よほど覚悟していたのだろう。

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← 同じく、一昨日未明、四時半頃、バイトの途中、朝焼けに見惚れて。

 それでも、点滴や投薬などで治療していけば、今度も恢復して退院の運びとなるだろう、入院当初は、そんなつもりが父にも、家族にもあった。

                       (初七日を迎えた 10/07/15 作)

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