ツイートするだけの日々
私事でネットに携わる余裕がない。ツイッターでさえ、朝方にチラッと。日中は、来客(雑用)に備えて茶の間で待機の日々なのである。
ネット環境を茶の間に移動させることを真剣に考えないといけないかもしれない。
← ビューレント・アータレイ著『ダ・ヴィンチと数学―ダ・ヴィンチの芸術と科学』(高木隆司/佐柳信男訳 化学同人) 「フィボナッチ数、黄金比、シンメトリー、透視法…あの名画にしかけられた美の法則が次々と明らかに。しかもそれは自然界の至るところに隠されていた。レオナルド・ダ・ヴィンチの美の法則に迫る」って、本。再読。「「対数らせん」の世界へ」なる拙稿を参照のこと。
今の部屋は、奥まっているし、玄関から一番遠いので、来客があっても気付かない。
携帯型の端末を持ちたいが、そんな余裕はないし、今のPCを無線で接続させるしかないだろう。
ということで、今日は、以下、この二日ほどのツイート(呟き・投稿)を列挙する。
過日より読み始めた『ダ・ヴィンチと数学』だけど、うすうす感付いてはいたのだが、やはり、昨年だったか、既に読んでいたのだった。だけど、新鮮。うーむ。記憶力の悪さには参る。苦笑するしかない。
刺青についての本をちらちら読んでいる。素の体。生身の体。刺青を施された体ほどに肉体を感じさせるものは。
父の死に直面したから、刺青をめぐる本を借りたのかもしれない。
精進料理。毎日、納豆やらメカブやら、お茶漬け。あとは、パンと牛乳で食事を済ませることも多い。ところで、牛乳って、精進料理の範囲を逸脱している?
(「精進料理から宇宙を想う」参照。)
父の件、親戚の一部への連絡漏れがあった。通夜にも葬儀にも、初七日にも出席できず、寂しがっていた。親の親戚筋って、なかなか分かりづらい。
今日の昼過ぎ、NHKで草刈民代さんへのインタビュー番組があった。御陰で小生の関連ブログ記事へのアクセスも急増。ホント、魅力的な方だ。
(「草刈民代写真集『バレリーヌ』新聞広告写真を巡って」参照。)
一つのことに全てを賭けて生きる人。崇高ささえ感じてしまう。なのに、気どらず構えず、人をホッとさせる柔らかであたたかな雰囲気が漂う。この人のためなら、頑張ろうかな、なんて正直、思えてしまう。
← 宮下規久朗 著『刺青とヌードの美術史 江戸から近代へ』(NHKブックス) 「北斎からアラーキーまで、豊富な図版でたどる異色の日本美術史」といった本だが、永眠した父の手を握ったりして、肉体を実感したことが、この本を選ぶ動機の一端になっているのかも。
小生は書くこと、書くことによる表現が好きだ。けれど、つい言葉に頼りがち。8年ほど前からサンバやベリーダンスなど、ダンサーへの関心を深めたのは、言葉ではなく、踊ること、肉体のみを使っての表現者への讃嘆の念のゆえ。どうして、ああ、潔いんだろう?!
とはいっても、小生は文章での表現者たらんとする営みを止めるつもりはない。ただ、ダンスや演技や造形や工芸する人々に刺激を受け続けたいと思う。
今朝、数年ぶり、いや十数年ぶりに楽しげな気分で目覚めた。夢の中で、浮遊している快適な気分。しがらみから断ち切られて?
今日も、水シャワー。ようやく気持ちよく水浴びできる。
(10/07/17 作・編)
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コメント
「今朝、数年ぶり、いや十数年ぶりに楽しげな気分で目覚めた」 - 眠りに関してはその障害についていつも読んでいる者にとっては、臭覚の話以上に、とっても印象的な記述です。
投稿: pfaelzerwein | 2010/07/18 22:33
pfaelzerweinさん
さすが目聡いですね。
時期が時期だけに、場合によっては誤解されそうという懸念を抱きつつも、つい、ツイートしたもの。
ツイッターという場があるからこそのメモ(呟き)です。
何処か視界の開けた場所。高原。ハングライダーでもやるなら絶好の地。
そこに下界へ向かって地上数メートルの高さに長ーい鉄骨のレールが延々と。
モノレールがぶら下って走っていきそうな、そんなレール。
自分は滑空するように空中を飛んでいく。
とっても気持ちがいい。
爽快!
やがて、自分がパラシュートで落下するような装備をして、レールにぶら下り、滑空していることに気付く。
それでも、気持ちよさには変わりがない。
擬似的であっても、こんな解放感というか、浮遊感、否、もっと正直に率直に言うと楽しいって感じを心底から覚えたのは初めてだった。
と思った瞬間、眼が覚めた。
仰られるとおり、睡眠障害の小生に快適な目覚めはありえない。
十歳の頃からは(全身麻酔での手術のあとの目覚めという一夜を除いては)全く、熟睡など経験したことがない。
その日だって、体は疲労感タップリで目覚めた。
ただ、ほんの一瞬だけ、目覚めた瞬間、近年、感じたことのない楽しさを、楽しさの中にいる自分を見出した。
今の所、安直な夢解釈は避けておきます。
pfaelzerweinさんは、どのように理解されるのでしょう。
投稿: やいっち | 2010/07/21 20:00