オースター著『ガラスの街』を読んで
過日、東京都の人口が1300万人を突破したというニュースがあった。
大した話題にはならなかったみたいだが、まあ、世界一に返り咲いたというのならともかく、今更の話題なのか。
人口密度も上海などの新興国に負けている(この場合、負けているという表現の妥当性は留保するとして)。
「人口:東京都、1300万人突破」(毎日jp(毎日新聞)によると、「00年に1200万人を超えてから、10年で100万人増えた。都担当者は「地価の下落で都心への回帰傾向が強まっていることが一因」と分析」しているらしい。
→ これは、「タンブル・ウィード (ロシアアザミ、回転草)」 こうした荒野は、西部劇(映画)でお馴染みかもしれない。アメリカの大概の大都会も、つい昨日までこんな光景だったのだ。その記憶は現代にあっても生々しく脳裏に刻み込まれている。 (拙稿「タンブル・ウィード…風転草」参照。)
富山市に住んでいると、東京の1300万人という人口が、それだけの人間がひしめき合っているという状況には想像を絶するものがある。
小生など一昨年まで東京在住だったにも関わらず。
富山市クラス、あるいはそれ以上の街が数十個、隣接している。
東京は、何処まで行っても都会。
ただ、日本の場合、東京や大阪であっても、車で数時間と言わず、道路が空いていたら2時間も要しないで、海辺は勿論だが、山間の地へ逃げ込める。
しかも、そこにも町や村があり、人外境ではない。
一方、アメリカは、砂漠が広がっている。
ラスベガスじゃないが、ほとんどの都市が砂上の楼閣なのである。
地下を掘っても、すぐに有史の枠を超えてしまう(先住民の痕跡などほとんど消し去られているのではないか)。
この都市と(一歩、外に出たら迷い込むであろう)砂漠や荒野との対比のあまりの懸隔。
アメリカのような、ほんの数世代遡ると、はるか遠くに祖先の地を幻想のように望むしかない人間たちの群れという感覚と、日本の先祖代々の地そのまま住み暮らすという感覚とは、まるで懸け離れているのだろう。
こんなことをチラッと思ったりしたのは、ポール・オースターの小説を読んでいたからだろう。
アメリカの小説を読むと、未開の地(実は、一万年以上の先住民らの書き残されていない人々の生活の積み重ねがあるのだが、全く認識の闇の世界に没している)を切り開き、楼閣を築き上げはしたけれど、この先、道を見失っているという人の茫漠たる感覚を感じてならない。
[以下、ツイッター発言(投稿)集。下のほうは昨日の午後、上のほうは今日の午後。]
ポール・オースター著の『ガラスの街』を読了。「私は殺されようとしている。あなたに護って欲しい」、深夜の間違い電話をきっかけに、主人公は私立探偵になり、都市の迷路へ入り込んでゆく……」って話だけど、いろいろ応用のできそうな設定。オースターって、大都会のはぐれものの語り部だなー。
← ポール・オースター著『ガラスの街』(柴田元幸による新訳 新潮社) 「オースターの小説第一作」だという。大都会という魔境に迷い込み自分を見失った男の自分探し…なんて理解は紋切り型か。
庭仕事用にリール式の放水ホースを買ってきた。そろそろ散水の時期だし。って、今年は冷夏か?
真夜中過ぎ(今朝未明)のアルバイト先で、時折、タヌキを見る。一応は市街地(やや外れだけど)なのに。一昨日、気が付いたこと。一匹だけかと思ってたら、二匹いた。番(つがい)? 孤独なタヌキだなって感情移入してたの、的外れだった。チェッ!
先日の草刈民代写真集『バレリーヌ』の巨大な広告とか、今回の沢尻さんの記事とか、朝日新聞も路線…戦略を変えつつあるのか。
朝日新聞朝刊に沢尻エリカさんについての大きな囲み記事。この方、そんな大物女優さんだったんだ。実績のゆえ? 将来性を買われて? 事務所の力? …むしろ、真実は逆で、朝日新聞が沢尻さん人気にあやかろうとしている?
午前のうちに庭掃除(冬の間の落葉など)しようかと思ったけど、世の中、連休モードなので、小生も庭仕事、やめた。襖の破れの補修とか、家の中でこそこそしようっと。
今朝の富山新聞(北日本新聞も?)の一面トップ記事は、「黒部峡谷に鍾乳洞 10カ所、最長35メートル」だった。さすが、地元の新聞だ。
バレリーナとバレリーヌ、意味の違いが分からない。もう、寝よっと。
(数時間後、「バレリーヌ(ballerine)はフランス語、バレリーナ(ballerina)はイタリア語で、どちらも意味は同じで女性舞踏家(バレエダンサー)のようです」というレスを戴いた。ツイッターの便利さを実感。)
真夜中過ぎ(今朝未明)、外出前、外を見たら、晴れてはいないが雨の気配なし。雨の仕事は回避できる! って油断してたら、外出直前になって降り出した。チェッ! 雨具着用。車で仕事場へ。で、いざ、仕事を始めたら、雨、あがってやんの。しかも、満月、星が雲間に。 春空は、自分の心のように変わりやすい。
たった今、上海万博、開会! …って、観に行く予定、ナシ。
ワーグナー、若い頃は聴けたけど、ある年代からはさっぱり。体力、気力が萎えたから?
アスパラガスを茹でたの、好物。いつも、スーパーで出来合いを買ってるけど、一度は自分で調理したい。茹で加減、塩加減が難しそう。
オー・ヘンリーとオスカー・ワイルド、全く違う人物なのに、思い出そうとすると、ごっちゃになっちゃう。脳味噌、ツルツル? 若い頃、それで大失敗した。前日、オー・ヘンリーの短編小説『最後の一葉』などを読んだのだが、翌日、友人との会話で、大真面目でワイルドの小説だって、言い張り、喧嘩に!
← 『新編 オー・ヘンリー傑作集』((監訳) 清水武雄 (訳)群馬英米文学談話会 松柏社) 「オー・ヘンリーの作品から厳選した珠玉の19編中、14編が本邦初訳。19世紀末から20世紀初頭のニューヨークやテキサスを舞台に、名もなき庶民の悲喜こもごもが時空を超えて語り継がれる」とか。ほとんど(あるいは全部)未知の作品ばかり。ようやく昨日から読み始めることができている。
ポール・オースターの小説、面白くはないのだが、読み出すと止まらない。不思議。
今日になって、家人の年賀状、当選があるか、調べてた。百枚以上、年賀葉書が来たのに、当たり(4等)は3枚。確率、悪い!
(10/05/01 作・編)
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