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2010/05/07

ぬるま湯も我が世の春とシャワーせし

 今日のメインイベントは、水(ぬるま湯)シャワー解禁と、草むしり。

 昨年、最後に草むしりをやったのは、いつだったか。
 いずれにしても、半年(以上)ぶり。
 なので、一時間半ほどの草むしりは、足腰にきつい。

090505m1

← 御神輿の引き回し。(画像は、昨年の光景。本文、及び「町の神社は熊野神社として創建」参照。)

 バイトでの職業病なのか、腕が痛いので、草を根っ子から引っこ抜くのが辛くてならない。

 しかも、その後、バスタブの清掃もあって、いよいよ体に堪えた。

 それでも、自転車を使っての買物も含め、外での活動ができるのは嬉しいし、水シャワーであれ、自宅で湯浴みならぬ水浴びできるのは、これからの季節、ありがたい。

以下は、例によって、昨日の夜から今日の午後にかけてのツイート集。上のほうが新しい。リンクや()内のコメントは、この日記を書くに際し付したもの。]

一時間半ほどで作業を終え(畑の4分の1ほどやった)、半年ぶりに自宅の風呂でシャワー。我が家の風呂場の給湯器(もしかして水道の配管も)が故障していて、水(湯)がチョロチョロとしか出ない。なので、冬場はシャワーなんて凍える。やっと水シャワーの可能な時期を迎えたのだ。我が世の春だ。
(多分、昨年の九月以来の浴室利用。なので、まずはバスタブの清掃から。清掃してもバスに湯を張るわけじゃないけど、綺麗にするのは気分の問題だな。)


富山市の本日の最高気温32.3℃を記録だとか。小生はエアコンのない室内で過ごすのは辛いので、自棄で畑で草むしり。麦藁帽子を被り、タオルで首筋などを保護し、マスクで埃を避け、手袋を嵌めて完全装備。畑には何も植えてないんだけど、せめて雑草だけでも取ってやらないとね。


民家のガラス窓が人の温もりへの窓であり通路であるはずが、その窓のガラスが切なる思いを跳ね返す冷たい壁、泥の壁よりもっと無機質で異次元であることを感じさせる窓に過ぎない、そう感じられてならない類いの人。


苔生し風雨に剥げた板塀や古びたブロック塀のほうがましだ。掃き清められた何処かの有名なお寺の紋切り型の庭を見るくらいなら、蜘蛛の巣が這い、雑草と名のある花とが混在した、碌に掃除もされていない、主(住職?)の居ない、境内なのか駐車場なのか定かじゃないお寺のほうがよっぽどましだ。


持て余す魂。漂白する魂。壁にこすり付けられ傷ついた心。心とは壁の傷。磨り減り光沢も塗装も剥げ落ちた壁の染みにこそ親近感を抱く魂。紫外線に琴線を打ち砕かれて目は街中を泳いでいる。何処にも焦点が合わないのだ。


昨日、五日はわが町(の神社)で祭りがあった。お神輿も出ていた。でも、小生は買物以外は終日、寝て過ごした。年に十日ほどの休みなので、(家事以外は)何もしたくなかったのだ。
(わが町では子ども御神輿も出る!)

今朝未明、仕事の最中、見慣れない鳥に遭遇。大きさは小ぶりなニワトリほど。見ると、雉(キジ)だ。昨秋、二度ほど遭遇したが、その後、姿は全く見えず、消息が気になっていた。暖かくなってきて、また出没し始めたのか。昨年とほぼ同じ場所。飼われているとも思えないが、一体、何処に住処が?


アーサー・I・ミラー著『ブラックホールを見つけた男』なる本を昨日から読み始めた。スブラマニアン・チャンドラセカールというインド人の天才の非業の生涯を描く本。ラマヌジャンといい、チャンドラセカールといい、インドには凄い天才が現れる。生活水準があがったら、もっと出てくるのか?!


ハリマ・バシール/ダミアン・ルイス著『悲しみのダルフール』を読み始めた。ダルフール紛争に絡む本で、「大量虐殺(ジェノサイド)の惨禍を生き延びた女性医師の記」という副題が付いている。まだ冒頭部分を読んだだけだが、語り口が上手。いよいよ、過酷な体験の話に入っていく…。
(と思ったら、書き手の子供の頃の思い出話が続く。書き手の祖母が強烈な個性の持ち主。家族がそれぞれキャラクターが立ってて、人間味溢れる生活の一齣一齣が描かれる。こんな平和な日々(家庭内外の諍いは絶えずとも)を送る一家なのに、やがてダルフール紛争に絡んでいくとは、今の所、想像も付かない…。)

                                (10/05/06 作・編)

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コメント

関西に出てきて間もない頃「草むしり」と言ったら「何やそれ!」と言われた事がありました。関西では「草むしり」の
ことを「草引き」というんですね。

関東では「草むしり」で通用するんかな??

GWに帰省した折、大泉で起きた殺人放火事件の話が出たん
ですが、何やら殺されて当然な人だったという声が多かっ
みたいです。殺された人(福田さんだったかな・?)のために
どんだけの人が自殺したと思てんのや!なんて声が多かった
ようです。こんな話、地元でないと聞けない話ですね。

5/3は実家の堀川小泉・小泉町あたりが春祭りでした。
この日は八尾に大きな祭りがあったとかで、露天商は一軒
も出ていない淋しい祭りでしたが、子供神輿は出ていたよ
うです。

祭りの神輿をまわす時、富山では「ワッショイ・ワッショ
イ」と声を掛けますが、関西では「ヨーイヤサ・ヨーイヤ
サ」と声を掛けます。これも子供会の役員になつて初めて
知ったことですが、処によって掛け声も違うようです。(^^)

投稿: 元気親父 | 2010/05/07 14:12

元気親父さん

「草むしり」って言葉、標準語というか、普通名詞だと思っていました。
方言に近いのでしょうか。
というか、地元・富山でも通じるのかどうか、不安になってきました。
東京暮らしが長すぎて、富山弁も中途半端になっている始末。


地元でのお祭り、いずこも規模が小さくなっているようですね。
わが町も、小生がガキの頃は、露天商が並んでいて、あれこれ買い食いしたような記憶があります。
今は子どもも少ないし(我輩が小学生の頃、一学年は数百人。今は百数十人かな)、まあ、子供神輿が出ているだけでも、頑張っているほうだということかもしれない。
(少なくとも町や神社の関係者は頑張っているようです。)

御神輿の掛け声も違うんですね。
まあ、ローカル色があって、楽しいですが。

投稿: やいっち | 2010/05/08 21:05

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